2010年06月23日

親であるがゆえに会えない

この間、あちこちと出歩いて忙しかった。

国際離婚の当事者のつきそいで海外の大使館に行ったり、外務省に行ったりする。
別につきそって何ができるというわけではないのだけれど、
当人は先行き不透明となっているのが、ちょっと先まで
見通しがついてくるというだけで、気持ちの持ちようも
変わってくるのかもしれない。

17日 提言集

この1年ほど、こつこつと用意していた提言集を
ようやく発表するために記者会見を持った。
来た記者は多くはなかったけれど、
いろいろと現在話題なテーマをしゃべる機会を持てて、
よかったかなと思う。

19日 会報印刷

会報の印刷と発送の作業をする。
他のイベントと重なったからか、
地味な作業はみんなやりたがらないのか、
集まったのは2人で、延々続けて、ようやく終わる。
今回も会報以外に同封物たくさんになり、
受け取る方も読み応えがあるだろうか。

22日 討論を討論

7月の討論集会の打ち合わせで国立市役所に集まる。
この間、思いついたことをばらばらとちらばったまま話していると、
パネラーの遠藤さんと天野さんに整理してもらえる。
共同養育といっても、離婚後の共同養育と社会的な共同養育とがあって
似てはいるけど違っている。
もちろん離婚後の共同養育が争点なのだけれど、
離婚後の共同養育ができる社会というのは、
今ある社会では障害がありすぎる。
ユニット家族主義がその一番の大本という気がしていたが、
それを離婚後の共同養育との関係でどう考えていけばいいのか。
「そもそもあんたが運動始めたのは、
子どもに会えなくって寂しかったからでしょう。
寂しくって何が悪いのよっていったところから
周りが運動に気をとめはじめたわけだから、
それを話すしかないんじゃないの」
と言われて
「まあねえ、子どもは誰でも会えるのに、ぼくとだけは会えないですからね」
「親であるがゆえに会えない、ってなるわけだ」

言葉にしてみれば、たしかにおかしな現象だ。

夜の会議は、この点についてみんなめいめい意見を出し合った。
「良心は両親」ならそもそも離婚するなってことになりやすい。
現状の自分の家族関係のあり方をどう肯定的に考えていくのか、
法が変わってもそれぞれにその問いは残されていくのだろう。

選挙中の国会へ

7月24日の集会は史さんが座談会をすることになっていたから
朝からFに集まって打ち合わせをする。
史さんも、それなりに考えていることがあるのだけれど、
それを整理するという作業が慣れていないのか、
ぼくが聞き取って箇条書きにしていく。
最近は、自分のことを話す場面が多いのか、
運動の最初から自分をさらけながらの連続はしんどそうだった。
最近は、渦中のころをリアルに思い出すことがあるのか
なおいっそうしんどそうなのだけれど、それを集会を作っていく過程で
どうしていくのか、プレ企画はぼくが、本企画は史さんが
それぞれこれまでとこれからを話すということになるようだ。

え、もう聞き飽きたって?

打ち合わせはそれなりに終わってなんとなくできそうな気に2人でなって
そのまま国会に、この間記者会見で発表したハーグ条約と国内法についての
要望書を届けに行く。
だけどまあ、選挙だけあって、議員会館はがらがらである。
その上、新しい建物に議員会館は引っ越すようで、
それもあって、会館内はそわそわしている。
だけど、ぼくら2人は疲れていて、
選挙終わったらもう一回来るかって、とりあえず秘書に要望書を手渡す。
それでも、外務副大臣の秘書さんはよく聞いてくれた。
やっぱり問題の本質が相手はわかっていなくって、まだまだ活動が
的を得ていないのねって、改めて思った一日だった。(宗像)
posted by kネット君 at 19:09| 東京 ☔| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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