2010年07月30日

7月も

またたくまに終了していった。
それでも、運動自体は着実に進んでいる、と思う。といつも書いてたりして。

事務所に来ればいつも事務仕事が待っているのだけれど、
会費の更新を郵送でお願いしたので、領収を書いて送り返す。
昨年、運動を始めたときは、賛同を別にすれば、会員は50人ほどで
始めたので、今は120人を超え、一年で倍増以上の入会者がいる。
それだけ眠っている当事者が出てきたということか、
それとも、気軽に相談できる場所が多くなったのか。

相談内容も、DVをでっち上げられて・・・・・・というパターンの人から、
連れ去れて、離婚前に調停をしたほうがいいのかよくないのか、
といろいろあって、相談する方も最近は知識がある人もいるのだけれど、
感情の部分をどう解決するかというのは、やはりいろいろだろうね。

前はよく何か活動すると
別の団体に手柄争いのようにされて
「同じ当事者なんだから、細かいこと言うな」
と迷惑をかけられてきたのだけれど、
しばらく、弱小団体として見られていて沈静化していたのだけれど、
また、そういう傾向があるんでないかと、今から予想したりして。
とにかく、8月からの行動計画を立てて、来週からは少しお休み。(宗像)
posted by kネット君 at 18:21| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月28日

上半期

予定していた活動をほぼ終えた。
だいたいやろうと思っていたことの7割ほどの達成率だろうか。
今日もあれこれと記者の問い合わせが来たり
郵便物を送ったり、忙しかった。
着実に活動は広がっているのだけれど
もう少し動きはじめれば、
相当の早さで動いていくのではという気がしている。

最近は
「子どもは誰とでも会えているのに、自分の親とだけは会えない」
というフレーズがわりとギョーカイでははやっていると聞く。
そんな世の中、おかしくない?

相変わらず裁判所の認識は旧態依然なのだけれど、
「子捨てを奨励する」日本の家裁、
どう考えてもありえないでしょ。

夕方
会の優秀なメンバーたちが集まってきて
HPの整理をした。
情報量が多くなりすぎて一つのHPでは整理の限界のようで
他に、専用のニュースページを新たにつくることにした。
現在のページもだいぶ手を入れることになるので
こうご期待。(宗像)
posted by kネット君 at 21:53| 東京 ☀| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ご意見

ブログのコメント欄に書き込みがありました。
貴重なご意見ありがとうございます。
今後の活動の参考にさせていただきたいと思います。
今後とも応援のほどよろしくお願いします。

なお、
オズボーン氏と三上氏のコメントは
本人からお預かりしたものです。(kネット事務局)

【以下】


アメーバブログに掲載されているブルースオズボーン氏と三上
寛氏のメッセージはご当人の許可を得るどころか、文章を改竄
したものです。イベント当日及び貴団体HPにてこの事実を発表
しない場合は刑事告発を含む法的手続きを開始するとともに、
貴団体の監督官庁への認可取り消しを求めます。 あなた方の
やり方は百害あって一利なしです。
posted by kネット君 at 21:43| 東京 ☀| Comment(0) | kネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月25日

満員御礼

昨日の集会の写真3枚です。(サイズの大きな写真をそのまま横並びにしてしまってご迷惑おかけしました。)

共同養育座談会の出席者は、国立スペースFか谷保のかけこみ亭(植野さんの根城)の関係者です。やはり国立は離婚後の共同親権運動発祥の地ですね。

シンガー・ソングライターのよしだよしこさんが、二曲歌ってくれました。私が一番好きな曲は「今夜彼女は台所を棄てた」というDV被害を歌ったやつですが、それは歌ってくれませんでした。(場違いでしょうね)

3枚目は衆議院議員の下村先生で早稲田大学は母校でいらっしゃるそうで、さわやかに登場してくださいました。(haleshoma)


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  ※写真の二次使用不許可です。

 

posted by kネット君 at 10:27| 東京 ☀| Comment(0) | お局日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

共同養育の日終了・親子の日

集会は盛況

昨日は狭い会場にびっしり人が埋まった。
50人近くは来ただろうか。
後藤さんの話は、すっと筋が通っていて納得できるけど、耳も痛かった。
今、不自由な面会になっている人は、別れ方がなっていなくって、
自業自得なのよってすっぱり言ったりもしているのだけれど、
言い方はくせがあるのだけれど、
それなりにやさしい人なのだろうと思いはした。

自業自得というかどうかはともかく
人のせいにしてばっかじゃなくって自分を振り返る
作業は必要だとは思うけど。

ぼくは説教してくれる人はけっこういたけど、
耳障りなことを言ってくれる人ほどいい人なわけだ。
自分を振り返る作業や伝える作業に自分なりの試行錯誤は
したけれど、現状は子どものためになっている面会とは
自分としては思えないので、なんだか
子どもとのふれあいが密だった親ほど納得できないという
構造は、変わらないかなあと。

あとまあ、
後藤さんは法曹がだめなのよ、と言いもするけど、
そもそも法曹自体がいいもんんだというのが幻想なので、
ぼくは、やはり社会の認識のあり方が、法曹に反映するだけだと思う。

親の権利か責任か


打ち上げで
イギリスから一時帰国していた当事者のAさんと、
現在裁判所にかかっているBさんの議論を横で聞いていた。
なんだか理屈で争おうとしているのを一生懸命Aさんが制止しているような気がして、
ぼくは、「本人がしたいようにするんだから別にいいじゃん」って無責任に
言いもするけれど、それで新しい判例ができるんならそれはそれでいいことだけど、
相手方との関係ということであれば、たしかにAさんの言うように非和解的になれば
子どもとの関係も難しくなる。

最近は支援をする側が多いので、
現状を解説して受け入れてもらうことの重要性は認識している。
たしかに相手と争わない人のほうが、結果がよかったりもするのだ。
ひょこっと相手の気がかわったりすることもある。
しかしまたそれは、相手や裁判所の言いなりになるということとも違っていて、
どうやって相手や裁判所の心を動かすかということになっていくのかもしれない。

しかしそれは少なくとも本人がそれを納得している場合。
この部分で、日本の社会認識や制度は、受け入れたことが
揚げ足をとられることに直結しやすくって、けっこう危険な部分があり、
その辺もわかった上で振る舞う必要もある。
納得するまで、ああでもない、こうでもないとやってみて、
結局、あのときこう言われたことが正解だったなと後で
思うことはあるのだけれど、口で言われただけでは
なかなか納得しないし、それでも自分でやってみたいという人が、
型破りなことをして結果を残すという場合もある。
ぼくはけっこうこういう人好きです。

それにしても、いろんな手を尽くすにしても
やはり共同親権の考え方が流通していないと、
納得する部分がとても少ないというのは事実なのだ。
二人とも日本の裁判所にはかかっているのだけれど、
その辺で、よそを見ている人とそうじゃない人の認識の
違いみたいなものはあるのかなあと思った。
ぼくも現状のまま推移していくのはぼくも相手も子どもも
窮屈なので、ちょっとどうやって動かしていくか考えてはいる。

ところで、「親の権利」を主張するかどうかはともかく、それはあるよ
と言うと、Aさんに、いや親は義務と責任で、権利なんて主張しても
聞く耳持ってもらえないでしょう、と言われた。
こういう議論はよくあって、ぼくは最近、自分の権利を言っているだけで
それをどう呼ぶかは人が決めることと思っている。

以前家裁に行った人に、「親の権利はあるでしょう」と裁判所で言うと、
そうじゃないと言われたので、「権利はあるんでしょうか」と問い返され、
「ありますよ」と答えた。
もう一度裁判所に行くと、「ない」と言われる。
迷った彼が、もう一度ぼくに電話してきたので、
「あなたがあると思ったらあるんですよ」
と答えたことがある。

後藤さんも言っているように、
権利は幸せになるためのもので、主張することで
結果が遠のくなら、別の言い方をすればいいのだろう。

ただ、子育てをすることに喜びがあったなら、
それを権利と呼ばないで、義務や責任とだけ呼ぶことに
あまり意味もないだろう。
人様にどう思われるかということより、自分がどう思うかということなのだ。(宗像)
posted by kネット君 at 09:57| 東京 ☀| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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