2010年07月09日

数年ぶりに

8年ぶりに姉に会う

先日、8年ぶりに姉に会った。
アメリカに行っていた姉は
しばらく会わないうちに
高層マンションの22階に住む
文字通り違う世界の住人になっていた。

2ヶ月ぶりに子どもに会う

面会交流の取り決め通り、
定期的には会えているので
千葉のFPICで子どもと会った。
狭いプレイルームからなかなか出たがらず、
相手方の意向が働いているのだろうかと気になった。
交流そのものは楽しく遊んだのでよかったのだけれどね。
会おうと思えば会える姉と違って
子どもたちとの交流は切ない。

2年ぶりに相手方と会う

2時間の面会時間を増やしてもらおうと思って
FPICに提案したら、
「じゃあ相手方と直接会いますか」
と言って、会うことになった。
FPICの人は「和解が最終的には必要ですから」
と言うのだけれど、そもそもこっち側に葛藤はなく
相手の拒否感情で、会えば理不尽な主張をされるので
避けていたというのはお互い様なわけだ。
で、会ったら
急に提案してとか、いろいろ腹を立てていて、
まあ、提案は権利でしょうにと思ったけれど、
他人なので「聞きますから、普通に話してください」
と答えるだけなわけだ。

しばらくぶりに緊張した。

ビジテーション

FPICは家裁の出身者なわけだけれど、
そもそも協力が面会交流の前提という認識は
法曹業界に共通している。
他方でもめごとを煽っておきながら
協力できない当事者どうしだからと
親子交流を絶つという矛盾はまだまだ知られていない。

調停の取り決めは曖昧な部分を残すものになりやすく、
これは「柔軟な面会交流」という説明の元になされるのだけれど、
実際は、対立関係を煽られた当事者にとって
「もめごとの種」を残す結果になる。

別れてから3年もたって、
たった2時間の面会を変更するのに
いちいちもめていたら、きりがない。
実際は、十分な面会時間が足りないから
同居親の側が面会交流に関与せざるを得ず、
「別れた後も関与しないといけないのか」
という変な理屈になる。
そもそも別れた相手に会いたくないのは
別居親も同じで、同居親はある程度子どもが大きくなれば
面会交流には関係のない存在なのだ。

kネットでもビジテーションをはじめることにした。
離婚ビジネスが、共同養育ビジネスに変わってもしょうがない。
制度が当事者の不幸を量産している現実は変えていかないといけないだろう。(宗像)
posted by kネット君 at 17:36| 東京 ☀| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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