2010年08月16日

ハーグは来年批准らしいけど・・

ハーグ条約、来年批准へ

8月14日 東京新聞夕刊一面に出ていました。

国際問題になっているので、まず外圧への対処で国内の親子の問題ではないという姿勢ですね。やっぱり。
外国人親との面会交流と子どもの「返還」に対応するための国内法整備をするだけでしょう。そのために、面会交流の文言だけは民法に入れるらしいですけど。

Kネットは、国内親子(外国人でも日本居住で離婚した場合はこれに当てはまる)にとって役に立つ法整備をしないままの、ハーグ条約批准には反対の姿勢です。ですが、国際離婚のとくに外国人当事者の中では批准することによって日本政府には義務が課されるので、その遂行のために国内法も変えていく方向になるはずだから、まず批准をという声も高いようです。

現状をとにかく変えたいという気持ちはよくわかります。今のように国内外を問わず、子どもの行方さえわからなかったり、場所がわかっても子どもへのアクセスができない実親に対してなんの公的支援もなく、裁判での希望もなく、子どもをあきらめるといわんばかりの状態に、外国人親たちは特に業を煮やしています。条約批准すれば、少なくとも国と国との間でこの問題が扱われるようになるでしょうから、今よりはマシだろうと想像するのでしょうけど。。

アメリカ政府がプッシュするいくつかのケースに対しては、場合によってはメディア向けに子どもの帰国が演出されるかもしれません。ひとりか二人かの日本人母親がスケープゴートにされてCNNなんかに取り上げられて・・ それだけでしょうね。「子どもの権利条約」を批准しておきながら内容についてはまったく無視で、子どもの人権は開発途上国の問題ですよと「人権団体」にカネ出すだけの日本政府ですから。

日本人側にとっていいことはほとんどなさそうです。この先も民法が単独親権のままでは、「日本の法制度では、国際離婚を扱うのに不十分すぎる」ので、サボイ事件のように母子ともども外国に呼び寄せて自分の国の裁判で有利な判決を取るための口実にされるでしょう。(haleshoma)
posted by kネット君 at 13:12| 東京 ☀| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月04日

焼酎「大五郎」

妻が子どもを連れて家から去って、孤独に暮らしているお父さんの家にいくつかお邪魔したことがあります。
そのうち、二軒の家に同じ銘柄の焼酎が置かれていました。
daigoroubottle.jpg













それがこの「大五郎」なんですが・・安価に酔える独り寝の友ということなんでしょうね。4リットルで三千円の安さです。
ひとり暮らしだと、食事にはあまり気を使わず、がーっとあおって無理やり眠る・・ こんなことを毎晩続けていたらすぐに胃が壊れそうです。

ところで、「くにたちの会」のメンバーは男女にかかわらず料理上手な人が多いので、月二回の定例会では、一緒に手料理を楽しむのが恒例になっています。ひとりで焼酎をあおるよりも、栄養的にもメンタル的にもはるかに健康によいでしょう。早目に行くことができれば、調理を手伝って作り方を習うこともできるので、一人暮らしのサバイバルに役立ちます。(私も教えてもらっている側で、スペースFではじめて作り方を知った料理がいくつもあります。)

会が長引くと、食べ始めが遅くなってしまうのが難点ですが、「一緒にごはん」は自助活動の原点だと私は思っています。ビール付で会費千円です。(haleshoma)

明日 8月5日 19:30〜
場所 国立スペースF (JR国立駅より矢川駅行きバスで国立高校前下車 徒歩3分)
問い合わせ 042−573−4010 (スペースF)
posted by kネット君 at 18:13| 東京 ☀| Comment(0) | お局日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

子捨てを奨励する日本の文化

児童虐待

大阪で起きた養育放棄による虐待死の事件が連日報道されている。
こういう場合、行政の対応のまずさが指摘され、結果、
行政介入を推進する法改正の強化が世論としてわき起こり、
マスコミがその先鞭をつける。
現在の親権の一部・一時停止の法制審議会の議論に
影響を与えるだろう。

他方、事件報道を見ても、
離婚した父親がどうしているのかはわからない。
親責任は共同養育責任なので、
「シングル」マザーの養育放棄だけを批判するのは一面的だ。
父親の関与がどうだったのかは報道からはわからないので
なんとも言えないが、「シングルマザー」と呼ばれる地位を
母親が社会的に与えられていたこと、そのものを問う視点も必要だろう。

こういうのは別れた父親の責任は養育費というだけの文脈からははみ出ている。

子捨てを奨励する日本文化

さて、離婚後共同養育の議論をする場合、
原則交流に賛成か反対か問うて、
反対という人はあまりいないのだけれど慎重な人は多くいる。
その議論の間に、毎日毎日親子が引き離されているのだけれど
それは日本の文化なので仕方がないということになる。
主に母親である監護親の安定を乱さない範囲で、となる。
これが日本の文化なのだという。
監護親が不安です、というだけで引き離しが容認される。
別居親はたしかめようがない。
いったい、この理屈でどれだけ多くの親たちが
子捨てを自ら進んで、あるいは強いられているだろうか。
ハーグ条約で国内に子どもを連れ去った人たちのことが話題になるが
別にこんなのは国際問題でも何でもなく、
国内で引き離されて、東京から九州や北海道に子どもを連れ去られる人は多くいる。
暴力から逃げる人は法の手続きをくぐるのだけれど、
そうしなくても、犯罪にならないという理由で
子どもを連れ去って会わせないという人は多い。
理由は、日本の文化だから許される、というのだ。

呼び方はいろいろだけれど、誘拐や人質取引、身代金請求などを伴う
子捨て文化を、「日本の文化」と呼ぶことは否定しない。
問題は、それが「誇るべき文化」かどうかということなんじゃない。

ちなみに、日本の弁護士たちも、
この「日本の文化」を理由に、引き離しを正当化し
たいして根拠のない単独親権を守ろうとする。
なんだか、子捨てを奨励する「日本の文化」のためには
単独親権という明治民法の落とし物が必要なようだ。
選択的共同親権にしたって、親どうしがもめたら
親権を奪えるんだから今とたいしてかわらない。

最悪、監護親の安定が、単なる拒否感情であれば、
拒否感情を演出することで、相手の養育への関与を否定することが可能で、
だから、約束を守ってくれないからと裁判所に行くとそれを理由に引き離される。
そうやって、会えなくなった親たちがkネットにやってくる。
裁判所もまた、子捨てを奨励する日本文化の伝統を墨守する場所である。

親権の一部停止・部分停止、連れ子養子の禁止

国連子どもの権利委員会は、ぼくらが出した引き離しの実態についての
レポートについて反応はしなかったけれど、連れ子養子が問題であることについては
勧告している。養子縁組には裁判所の関与が必要だというのだ。
これは単独親権ゆえの問題で、結局、監護家庭の安定が子どもにとってよい
という都市伝説で、こういった子どもをもの扱いする伝統文化がむしろ奨励される。

親権の一部停止・部分停止の議論も、
別居親についての視点がなければ、
親の知らない間に、子どもが里親に出されているなんて論理的にはありうる。
もちろん、外見的には、監護家庭は安定しているのかもしれない。

面会交流の議論ではなく、
親権と養育の話をしなければ、問題はこじれるばかりだ。(宗像)
posted by kネット君 at 12:26| 東京 ☀| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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