2010年12月02日

なぜ法制化はできなかったのか(1)「ネット時代の連携」

「どーしてこんな当たり前のことが法律になってなかったんですか」

なんて質問をたまに受けることがある。
この連載では、それについての私的な考察を思いつくままにしていきたい。
現在、法制化の動きは、国会レベルでわりと進みつつある。

ぼくは3年前から当事者になり運動にかかわってきたが
もっと前から法制化運動にかかわってきた人たちはいて、
どうしてそれが実らなかったのかと、多少考えてもきた。

問題が事件に発展しやすく、当事者が膨大にいるにも
かかわらず、法制化が進まない要因があるなら
「やり方が間違っていたか、壁が厚いか」
のどちらかだろう。
それを考えることで、これからの運動の展望や現在の運動の在り方を
検証し、そして望ましい社会のあり方を考えることもできるのではないだろうか。

「ネット時代の連携」

たぶん、日本で最初の別居親団体は
今もサイトが動いている「ファーザーズウェブサイト」だろう。
ぼくが運動を始めたのは2008年2月。
ファーザーズができたのは2000年。
2008年に運動は飛躍的に前進したとぼくは思っているが
その間は、途中、メディアにときどき露出することはあっても、
雌伏の時をすごしてきていたような印象を、後から来た人間としては感じる。

「ファーザーズ」の名称が示すように、
運動はネットの中で当事者が出会うことから始まったようだ。
たぶん、ネットの普及がなければ、当事者が現在のように
連携しあうのはとても難しかったかもしれない。

しかしネットはそれなりに弊害もある。
とくに、ネット上での議論は、情報量がとても制約される上に
顔が見えない、しかも当初は匿名性が高かったため、
ネット上でのやりとりが、感情的な対立になりやすく
連携とともに分裂の火種になることが往々にしてある。
さらにオープンな場でのやりとりや書き込みが
揚げ足取りに使われやすく、
運動をおもしろくないと思っている人から攻撃の材料に使われることもある。
(それで失敗しているところも今も見るけどね)

オープンな場でなくても
MLやミクシィ上での意見交換は
拡散効果というネットの利点が逆に作用すれば
中傷の道具にもされやすく、
そういう点をわかって使わないと、
だいたい、MLやミクシィで運動が立ち行かなくなるというのは
別にこの運動に限ったことではないし、
その場面に出くわすこともぼくもたびたびあった。
ミクシィ上で意思決定する運動とかあまり見たこともなかったが
そういうのも、この運動では見かけることもある。

それで結局予想通り、
ネットを原因として人間関係が悪化し、
しかも面倒な修復の手続きが苦手な人が
ネットを利用することが多いため
運動がままたちゆかなくなることがある。

ぼくは分裂することは必ずしも不利益とは思わず
運動の拡大のためには必要なプロセスとも思うが、
予想できたのに、防げなかった分裂がネットを原因としている
ことはあったんじゃなかろうかなあと、思いはする。

kネットが現在
意思決定において特段問題を生じないのは
国立でぼくが運動をはじめたときから
ネット依存型の運動の失敗を見据えてやってきたということがある。

現在の運動においてもそういうことは気をつけていたほうがいいよねって
感じることはある。
posted by kネット君 at 20:41| 東京 ☁| Comment(1) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

事務所はつながるよ

午前中から相談の方が訪問し、
弁護士の方に、kネットを紹介されたらしい。
なんだか有名になっているのかどうか
知らないところで名前が出回ってたりする。
「ここに電話してもなかなかつながらない」
「いや転送サービスしたから大丈夫です」

合間を見て
議員事務所に提言集とリーフレットを
大量に発送。
いやまあ活用されればなんでもよいよ。

電話がかかってきて
意見書のお願いをされる。
メールには、文書作成のお願いが。

史さんから電話が来て
いろいろと取り入った打ち合わせ

朝、訪問した人からまた電話
「やっぱりここはつながらないですよ」

別居親たちの
フリースペースに事務所が脱皮するのは
遠くないかな。
posted by kネット君 at 20:15| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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