2011年03月19日

3月21日(月・祝)子どもに会えない親のための実践講座



宗像も参加します。岐阜で会いましょう。

3月21日(月・祝)子どもに会えない親のための実践講座/後援:岐阜県、岐阜市




* 子どもと離れて暮らすことになったけれど、なかなか会うことができない。

* 「子どもが会いたくないと言っている」って相手に言われた。

* 離婚したら子どもに会えなくなるんだろうか?

* 家庭裁判所、弁護士、調停、親権、面会交流……はじめてのことばかりでよくわからない。

* どうして自分の子どもに会うのがこんなに難しいのか。


子どもに会えない親のための実践講座

〜あなたに今、何が起きているのか? どのような “選択肢” や “これから“ がありえるのか?〜

片親疎外問題に取り組んできた別居親たちが、

現在の制度や家庭裁判所の実情、

子どもと会うために必要な知識をお教えします。


日時/ 3月21日(月・祝)12:45開場 13:15開始

会場/ ハートフルスクエアーG

(2階) 研修室50


参加費 1,000円 & 寄付(募金箱)

主催/ 親子交流を考える岐阜の会

後援/ 岐阜県、岐阜市

協賛/ 特定非営利活動法人てのひらの会 ,

特定非営利活動法人まちづくり協働研究所

中部FVSサポーターズネットワーク



[申し込み方法 ]  
氏名、電話番号、住所を添えて以下に、電話かメールにてお申し込みください。

070-5030-7009 oyakogifu@gmail.com


posted by kネット君 at 13:28| 東京 ☁| Comment(0) | イベント案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自宅待機、自宅待避

おかしいこと、おかしいって言う。

政府や東京電力の言っていること
おかしいよねえ、テレビもおかしいよねえと
一人でぶつぶつ考えていたのだけれど、
一昨日、久しぶりに国立の自助グループに行くと、
どうやら、そういうふうに考えるのはぼくだけではないというのがわかった。
問題は、個人個人がそう考えているのに、それを口にする人がいない
ということなのだろう。
ほんでしかたないのよ、ってなって、まじめに我慢するようだ。
共同親権運動が始まる前の、別居親の状態ってそんな感じだった。
おかしいことおかしいと言うと、弁護士会とかに嫌われるというのが
なんだかひしひしと伝わってくる。

弁護士達が人質取引したり、
家裁が引き離しするなんて、
当事者や業界の人にとっては
当たり前のことだったのだけれど、
それを表に出すと、ものすごく感情的な反応が返ってくる。
日弁連の意見書なんて、法律的な議論という意味では
たしかに不品行ではあっても、非常識ではないと思うのだが、
それをあえて出さないといけないところに、
弁護士たちのあせりがあるのだろう。
読むほうがげんなりするけど。

「電気依存症」

国立のグループで
「危険なんだから、すぐ原発止めたほうがいいじゃん」
と言ったら、
「そんなの無理だよ。これだけ原発に電力需要を依存しているんだから」
と議論になった。

まあそれはそれで一つの議論だけれど、
電力需要を依存しているということと
電力に依存しているということとの間には違いがある。

計画停電になって、狼狽する人はいる。
あわてて携帯ラジオをつける。
電池を求める。ろうそくを買い求める。買い占めをする。

ぼくの場合は、登山していたから
ラジオも太いろうそくももっていたし、ヘッドランプもあった。
ガスがとまったとしても、登山用のコンロとガスはあるし、
その上テントも寝袋もある。
炊飯器を使えなくても、鍋で米をたくことはできる。
もともとテレビはもっていないので、見る必要もない。
雨の中でもたき火をする技術はある。
近所の湧水と井戸の場所も知っている。

買い占められて明かりがなくなった大家さんにろうそくをおすそ分けした。
それでも、パソコンでもっぱら最近は仕事をすることが多いので、
3時間は仕事をしにくくなる。それでも原稿書きなら手書きでもできる。

停電になって狼狽する人は、
それだけ電気に頼った暮らしをしていたということになる。
考えてみればわかるけど、
「電気を大切にね」って言う東京電力が
どうしてオール電化の家を推し進めるんでしょうかね。
原発推進は、別に人々の暮らしを幸せにするためのものではなく
電力会社が儲かるためのものと考えるのが自然じゃない。

電気に頼った暮らしというのは、
現代のアヘン中毒みたいなものと考えればどうでしょうか。
戦争だって起きるでしょうね。
ぼくもだいぶ依存しているけど。

電気がないと動かない原発


昨日は、ぼくが国立で出しているミニコミの
編集会議という名目でうちで鍋をした。

近所のスーパーに行くと、
卵とか以外の食材は、ほぼすべて並んでいた。
考えてみればわかるけど、買い占めた人は当座
買い物に来ないということになれば、しばらくは食材は店に並ぶ。
しばらくなかった、肉、豆腐や納豆なども並んでいる。

卵はないのですき焼きはできず、しゃぶしゃぶにした。

やってきた革命家が
「おれ、東京新聞見るとさ、原発で電気引くのに必死になってるんだろ。
原発って電気ないと動かないんだってさ」
って言っていた。
もともとうちは石油ストーブなので、
灯油がなくなれば困るが、電気で暖をとるということはなかった。
地震の直前に灯油を買っていた。

暑くなってきたので、窓を開けようとすると、
「いやちょっと」
と待ったがかかる。
それでも開けると、涼しい風と微量の放射能が
家の中に吹き込んできた。


posted by kネット君 at 12:46| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月18日

暗くて寒いフリースペース

F停電

家のファックスリボンが切れたので
近所まで買いに行ったが、売っていなくて結局国立駅周辺まで自転車ででかける。
放射能浴びてるよなあと思いつつふらふらしていたが、
(出かける前は日野のガイガーカウンターをチェックしている)
下校中の子どもが歩いているのを見ると、そんなもんかと思いもする。
西日本のほうに避難した人も知り合いでちらほらいる。
でもやっぱりまちなかは人通りがめっきり少ない。

帰り、ひょうたん島に行く。
朝日新聞と東京新聞でどうしてこんなに紙面構成が違うんだろうとびっくり。
朝日は原発事故なんかほとんど関係ないみたいに書いてあって、
東京は、ほぼすべてが原発事故の記事で埋まっていた。

でも客はぼくしかいなくなって
帰りづらくなっているところに史さんから電話。
Fで当番をしているそうだが、西新宿の荷物をFに
一時的に置いていたのを片付けたいからと、
手伝いに行く。

片付け終わって、共同養育センターの件で
打ち合わせをしていたら、停電。
「どっかに移動しようよ」
「でも、移動しても遠くまでいかないと停電じゃないんですか」
それもそうなので、打ち合わせ続ける。
だんだん寒くなってきて、暗くもなってきた。

今日の国立の会に出る人が早めにやってきた。
「大学通りのこっち側だけみごとに暗くなってるんですよ」
なんて言ってる。
実は国立でも局所的な停電でちょっと移動すれば暖かいところがあったようだ。
また大学通りをわたり、ひょうたん島に移動。

結局、夜はそのまま国立の会に出た。
こんなときでもみんな出席していて、
実のところ、家の中にいるのも疲れてきたということだろうか。
ぼくも結局すぐに家に帰るはずが、帰ってきたのは深夜だった。
posted by kネット君 at 12:09| 東京 ☀| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月16日

さすらいの帝都中枢

霞ヶ関へ

なんだか月刊誌の編集は出すか出さないかの選択肢しかなく
今のところ出すようなので、写真を持ってきて欲しいと言われて
霞ヶ関の某T新聞へ。

電車はかんさんとしている。
霞ヶ関もいつもの活気はない。
ほんで、あちこち電気を落としていて薄暗い。
エスカレーター動いてない。

編集部に行くと、みんなそろってせっせと仕事している。
印刷所の都合で逆に編集が早まったのだという。
「いやあ、よく出てきてくれるよね」
って言われるので
「もろともじゃないんですか」
って言ってはみたけど、だからどうするというわけでもない。
なんか備えているのって聞かれるから
「買いだめでしのげるようなことなら、どうにかなってるでしょ。
何にもしてないですよ」
って答えた。
知り合いのサバイバル登山家が
「おれもそう思うよ。被災なんかしてないんだよ。
水買うくらいなら、近所の湧水か井戸の場所チェックするのが先だろ」

実際、ぼくが中学生のときの台風19号では
水道が数週間にわたって止まったけれど、
昔からあった、井戸や湧水が活用されていた。
当番で、中学校から水を汲みに行ったのをよく覚えている。
食料なんて足りなくなるくらいなら、
もともとそこには暮らせないということだ。

帰りの電車もまた閑散としていた。
ずぼんの膝にいつものように穴が空いてきたので、
立川で新しいの買おうと思って電車を降りたが、
店はあんまり空いてはいない。

買い物

家の近くの駅まで戻ってきて、
駅前のスーパーで買い物をする。
マヨネーズとラップが切れていた。
混雑するでもなく、野菜がなくなるでもなく、
でもトイレットペーパーと肉やらはなくなっていた。
近くの薬局でマスクを買おうとしたが、売り切れていた。

今日の東京新聞は、原子力資料情報室の記者会見の
様子を紹介していて、かなり力作だった。
実際に福島原発の設計にかかわった技術者が毎日会見している。
政府は言わないが、原子炉の底が抜けるという状態に
向けて一直線に向かっているのを、必死でとめているというのが今の状態。
ほかのマスコミは混乱を恐れてなかなか報じない。
人の命より、秩序の維持のほうが大事なのだ。
ちなみに福島第一原発の3号機は、昨秋、
モックス燃料(プルトニウム混合)を入れた原発。猛毒だ。

モックスに反対した佐藤栄佐久前福島県知事は、失脚した。

プルトニウムがもれ出たら、被害はとても厳しい。


確定申告

なんて、心配してもしょうがないので、
昨日が期限でやっぱりやんなかった確定申告を
家でしようと思って領収書の束を引っ張り出す。
どうせ毎年還付をどうやってするかということで
やっているので、急いではいない。

やり方がわかんないところがあって、
詳しい友達に電話して聞くと、
「日弁連に対してなんかやんないの、前もやったじゃん」
って聞かれる。まあそういうつもりでもないので、
毎日ブログで話題にしていたけれど、
こんな感じになると、なんだか気が抜ける。

と思ってたら、電気が切れた。
おお、計画停電というやつか。真っ暗だ。
そういえば、防災無線が何か言っていたけど、
停電にはなかなかなんないので無視してた。
手探りで押し入れのリュックサックの中からヘッドランプを出す。
電池を替えなくてもいいすぐれものよ。
で、確定申告をとりあえず最後まで終わらせる。

ラジオも出そうとしたが見つからない。
まあ、いいやと思って、お風呂を焚いて、
ご飯の準備をする。
うちは石油ストーブでプロパンガスなので暖と煮炊きには困らない。
こんなことなら薪ストーブならもうちょっとおつだったかなあ。
そうそう、ろうそくも登山用のぶっといやつがあった。最近使ってなかった。

ラジオをごちゃごちゃ探していたら、結局登山用具入れの中に転がっていた。
お風呂が入ったので、先に入る。
そうそう3年前、子どもたちとここで3人で暮らしていたとき、
お風呂に入っているときに、停電があったよなあって思い出す。
下の子が半べそかくから、3人で、「お山に雨が降りました・・・」
って歌っていたら、そのうち電気がついたのだった。
一人でちょっと歌ってみる。

ご飯は鍋で炊く。鍋でたいたからいつもよりおいしい。
キムチ鍋にする。
いろいろ準備していたら、結局3時間たって、電気がついた。
なーんだ、もうちょっと暗かったら、それはそれで雰囲気があっただろうか。
posted by kネット君 at 22:34| 東京 ☀| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

安否情報の交換

安否情報についての要望書

を別居親7団体で提出した。
最初は、総務省まで手渡しで持って行こうかと思っていたのだけれど
役所は役所でてんてこ舞いのようだし
(だからこの件をほっとかれるのは別の話だが)、
今日は放射性物質が外を飛んでいるようなので、
近所の郵便局まで行って、郵送にした。

今日はほんとうは、霞ヶ関まで行って
雑誌の編集の内職があったのだけれど、
それはメールとファックスでの在宅に勘弁してもらった。
東のほうには行きたいという気にはならない。
帰宅難民になるとなおめんどう。
でも、子どもは千葉に住んでいるわけだし、
それはそれで、関東から待避という気分にもならない。

実際は、放射性物質といっても
それを1日短時間あびるのと、
携帯電話を毎日かけたり、
花粉で一時期悩んだりするのと、
長期的に見てどっちが健康被害が大きいかと考えれば、
どうなんだろうと思うから、
あわてるようなことでもないのかもしれないと思いはする。
もちろん、だからって外に行くのはいい気分はしない。
今日は北風が吹いている。
今夜は雨で、それもまたいい雨とは思えない。

被災者支援

について何かすべきだろうかと、
いろいろ西日本の人と電話で相談するのだけれど、
だんだん、自分も支援する地域に住んでいるわけでもないよね
って気分になってくる。
スーパーの棚が空になったり、
非常用の食料が売り切れたり、
そんなんで、どうにかなるレベルだったら
もともと備える必要もないだろうと特段何もしないのだけれど、
何もしないことのほうがみんな不安なのだろう。
いい機会だから原稿書きでもしようかなとは思うのだが、
ラジオをつけると不穏なニュースばかりなので(テレビはない)、
そりゃあ、不安にもなるかと、思いもする。

計画停電


昨日は大騒ぎで何度も防災無線がなっていたけれど、
今日は不気味なほど静かで、計画停電もない。
計画停電は、原発だけでなく関東・東北の火力・
水力発電所が破壊されたことが原因なのだという。



もともと原発だって、全国の半分は定期点検中だったり
事故を起こして点検中だったりする。

福島第一も動いていたのは1〜3号炉。それも2月に動かし始めて
4、5号炉は点検のため停止中。
停止中のものが放射能汚染の原因なら、
そもそも原発があること自体が
危険の原因というわかりやすい証明だった。

菅さんが東電に
「撤退なんかありえない」
なんて言ったって言うが、
だったら自分が防護服来て福島の原発で
作業すればいいのだ。

人の命と経済活動や金銭を天秤にかけているような
政治をするからこうなるわけで、政治家たちが
その責任から免れるわけもない。

何事もカタストロフィーにならないと政策転換しないのは
親子引き離しの問題でもそうなのかもしれないけれど、
その代償は大きすぎる。
官僚機構がその転換の足を引っ張る。
日弁連もそうかもしれないけどね。
posted by kネット君 at 17:31| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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