2011年03月07日

片親疎外とその承認

東京入局管理局

東京新聞特報欄には
2007年春に超過滞在のフィリピン人一家を摘発した際、
小中学生の子を、学校から連行した件について
日弁連が「重大な人権侵害」として
東京入管と法相に警告を出したことを報じている。

3年前に国立でこの運動のスタート集会をしたとき
佐藤文明さんは、オーバーステイ問題にも触れていて、
日本だけが、親子を引き離して強制送還するということを
指摘していた。

日本は子どもを大事にする国と言われてきた
そうだけれど、子どもをかわいがるということと
処遇について子どもの立場で大人が考える
ということとの間には、大きなずれがあるような気がする。

その辺については、自分自身もいろいろ反省するとことあるよなあと思う。

「縦割り家族」の都市伝説

たくさんの引き離し事例の相談を受けてきたが
別居親の側が相手と対立的に対応しようとしているのでなければ
相手の側が単独で、面会交流に拒否的であり続けるのは実際難しい。
多く、子どもと会わせないほうがいいのか、会わせたほうがいいのか
その辺についてもあいまいである場合も多いし、
会わせたほうがいいと思っている人も多いようだ。

ただ、気分としては、会わせるなんていうことはめんどうだし
気分的にものらないし、できればなくてすませられればと
思っている人ももちろんいる。ぼくもそうだった。
そういう気分のときに、周りが、
「子どもが落ち着くまでちょっと待ってもらったら」
とか言えば、それもそうよね、と反応して引き離しが始まって
疎外された親の側は、相手への敵意を募らせ結局引き離しが恒久化する。

こういう助言をするのは
親だったり、弁護士だったり、あるいは女性支援の人だったりするのだけれど、
「家庭の安定」がその理由で、実際は親が落ち着きたいという心情に
周りが同調して、お互いが補完しあうということになるだろう。
当の本人は、周りの人も言っていることだし、悪いことだなんてまったく思わない。

同居親が再婚したりしたら、なおさらってことになる。
家族全員がいっしょにいるということが、家庭の安定で子どもの福祉に
なるのであれば、児童虐待なんて起きないだろうと思うのだが、
みんな、そういう都市伝説を信じている。
やはり、共同親権運動は、「縦割り家族」像とのたたかい
という側面がけっこうある。
家族の形がどうあれ、子どもが安心感を得られるということのほうが
こと、「子どもの福祉」を議論するなら重要ではないだろうか。

児童相談所

ところで、片親阻害の相談を受けていると
児童相談所に子どもを収容された人の相談を受けることもある。

本質はあまりかわらなくて
養育能力を相手方に問われて
カウンセリングに行くように注文をつけられたり、
月に1回の面会交流でどういうふうにすごしたらいいのか
いろいろ思い悩んでいたりする。

子どもに会いたかったら
児童相談所に注文をつけられるのは
自分を見つめなおすという面では意味がないとは言わないが、
あれこれ指示されるのはいやな思いがするだろう。
どうやったら、子育てがうまくいくのか
児童相談所がいっしょに考えてくれはしない。
面会も月1回で、こういう間隔で感覚だから
日本の行政や司法はすべてこんな感じだなと思いもする。

要するに、当事者の希望ではなく、行政の都合なのだ。
裁判所も同じ。弁護士も同じ。
日弁連も、国内の離婚案件については、
別居親の多くが男だということで、あまりその深刻性について
真剣に考えないし、むしろ問題の解決を遠のかせる意見書を出したりする。

片親疎外は別に離婚だけの問題ではない。
親族に引き離されている当事者もいるし、
行政機関や司法も、片親疎外の加担者である。
背景には、官僚組織の機能不全がある。
司法、法務省、子育て支援、日弁連、たいして変わらない。

引き離したほうが、面会交流を促進するよりよっぽど簡単で楽なわけだ。
こうやって、日本全国で、国策として毎日毎日、子どもは親を捨てることを迫られ、
親に子捨てが促され、こどもに関心のない親や無責任な男性が保護される。
posted by kネット君 at 12:11| 東京 ☔| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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