2011年03月16日

さすらいの帝都中枢

霞ヶ関へ

なんだか月刊誌の編集は出すか出さないかの選択肢しかなく
今のところ出すようなので、写真を持ってきて欲しいと言われて
霞ヶ関の某T新聞へ。

電車はかんさんとしている。
霞ヶ関もいつもの活気はない。
ほんで、あちこち電気を落としていて薄暗い。
エスカレーター動いてない。

編集部に行くと、みんなそろってせっせと仕事している。
印刷所の都合で逆に編集が早まったのだという。
「いやあ、よく出てきてくれるよね」
って言われるので
「もろともじゃないんですか」
って言ってはみたけど、だからどうするというわけでもない。
なんか備えているのって聞かれるから
「買いだめでしのげるようなことなら、どうにかなってるでしょ。
何にもしてないですよ」
って答えた。
知り合いのサバイバル登山家が
「おれもそう思うよ。被災なんかしてないんだよ。
水買うくらいなら、近所の湧水か井戸の場所チェックするのが先だろ」

実際、ぼくが中学生のときの台風19号では
水道が数週間にわたって止まったけれど、
昔からあった、井戸や湧水が活用されていた。
当番で、中学校から水を汲みに行ったのをよく覚えている。
食料なんて足りなくなるくらいなら、
もともとそこには暮らせないということだ。

帰りの電車もまた閑散としていた。
ずぼんの膝にいつものように穴が空いてきたので、
立川で新しいの買おうと思って電車を降りたが、
店はあんまり空いてはいない。

買い物

家の近くの駅まで戻ってきて、
駅前のスーパーで買い物をする。
マヨネーズとラップが切れていた。
混雑するでもなく、野菜がなくなるでもなく、
でもトイレットペーパーと肉やらはなくなっていた。
近くの薬局でマスクを買おうとしたが、売り切れていた。

今日の東京新聞は、原子力資料情報室の記者会見の
様子を紹介していて、かなり力作だった。
実際に福島原発の設計にかかわった技術者が毎日会見している。
政府は言わないが、原子炉の底が抜けるという状態に
向けて一直線に向かっているのを、必死でとめているというのが今の状態。
ほかのマスコミは混乱を恐れてなかなか報じない。
人の命より、秩序の維持のほうが大事なのだ。
ちなみに福島第一原発の3号機は、昨秋、
モックス燃料(プルトニウム混合)を入れた原発。猛毒だ。

モックスに反対した佐藤栄佐久前福島県知事は、失脚した。

プルトニウムがもれ出たら、被害はとても厳しい。


確定申告

なんて、心配してもしょうがないので、
昨日が期限でやっぱりやんなかった確定申告を
家でしようと思って領収書の束を引っ張り出す。
どうせ毎年還付をどうやってするかということで
やっているので、急いではいない。

やり方がわかんないところがあって、
詳しい友達に電話して聞くと、
「日弁連に対してなんかやんないの、前もやったじゃん」
って聞かれる。まあそういうつもりでもないので、
毎日ブログで話題にしていたけれど、
こんな感じになると、なんだか気が抜ける。

と思ってたら、電気が切れた。
おお、計画停電というやつか。真っ暗だ。
そういえば、防災無線が何か言っていたけど、
停電にはなかなかなんないので無視してた。
手探りで押し入れのリュックサックの中からヘッドランプを出す。
電池を替えなくてもいいすぐれものよ。
で、確定申告をとりあえず最後まで終わらせる。

ラジオも出そうとしたが見つからない。
まあ、いいやと思って、お風呂を焚いて、
ご飯の準備をする。
うちは石油ストーブでプロパンガスなので暖と煮炊きには困らない。
こんなことなら薪ストーブならもうちょっとおつだったかなあ。
そうそう、ろうそくも登山用のぶっといやつがあった。最近使ってなかった。

ラジオをごちゃごちゃ探していたら、結局登山用具入れの中に転がっていた。
お風呂が入ったので、先に入る。
そうそう3年前、子どもたちとここで3人で暮らしていたとき、
お風呂に入っているときに、停電があったよなあって思い出す。
下の子が半べそかくから、3人で、「お山に雨が降りました・・・」
って歌っていたら、そのうち電気がついたのだった。
一人でちょっと歌ってみる。

ご飯は鍋で炊く。鍋でたいたからいつもよりおいしい。
キムチ鍋にする。
いろいろ準備していたら、結局3時間たって、電気がついた。
なーんだ、もうちょっと暗かったら、それはそれで雰囲気があっただろうか。
posted by kネット君 at 22:34| 東京 ☀| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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