2011年03月22日

過去の日弁連の意見

いろいろと過去の日弁連の意見を検索していた。
 
するとこんなのがありました。
これは「子どもの権利条約に基づく第2回日本政府報告に関する
日本弁護士連合会の意見書」というものです。
 
これは、子どもの権利条約の履行状況について
国連子どもの権利委員会が4年に一度各国政府のレポートを
見て審査するもので、この政府報告書について、
日弁連や民間団体がカウンターレポートをぶつけます。
日弁連は以下のように述べています。
 
 

F 国境を越えた子どもの奪い合い(第11条、第35条)

夫婦間の子どもの奪い合いにより、海外から日本に連れてこられた子ども、
及び日本から海外に連れだされた子どもの取戻しを容易にするため、
国際的な子の奪取の民事面に関する1980年のハーグ条約に加入すべきである。

 

237. 別居又は離婚した夫婦の一方が子どもを国外に連れだした場合、
他方の親は、多くの場合、国際的な子の奪取の民事面に関する1980年のハーグ条約により、
子どもを取り戻すことができる。すなわち、子どもを奪われた親は、
自分の居住国で申立をすれば、申立は、子どもの居住国に送付される。
そして、子どもの居住国は、子どもの返還のためにすべての必要な措置をとる。
この条約の締約国は50か国以上である。
ところが、我が国は、この条約の締約国ではないため、外国から連れてこられた子ども、
及び外国へ連れだされた子どもを取り戻すことが最も困難な国となっている。
現に外国人配偶者が日本人配偶者からの子どもの取戻しに成功した例は、
1件のみが公表されている(最高裁1978年6月29日判決)。
これに対して、失敗した例としては、最高裁1985年2月26日判決、
東京高裁1993年11月15日判決等がある。
これらの判決は、子どもが日本に連れてこられてから
長い時間が過ぎていることを理由のひとつとしているが、
そもそも子どもを奪われた親は、自分で子どもを探し出し、裁判を起こすしかなかった。
このような不都合を避けるため、1980年のハーグ条約が作成されたにもかかわらず、
我が国は、この条約の締約国になっていないのであるから、
子どもを連れ戻すことができなかった責任は、もっぱら日本政府にある。
あるマスコミの報道によれば、米国から日本に連れだされた子どもを
取り戻せない米国人の親たちは、日本政府を相手にクラス・アクションを起こすことも検討している
(http://www.asahi.com/english/weekend/K2002012700081.html)


今回2月の意見書とはまったく違った内容のことを言っているように聞こえます。
また、以下のようにも言っています。

、「日弁連六十年」
(日本弁護士連合会 平成21年3月1日発行)の
「第2章 人権問題の取組み」

「(2)離婚後の親権についての法制−共同親権の実現に向けた取組み
現行民法は、両親が離婚すると未成年の子の親権については、
父母いずれか一方の単独親権に服するものと定めている。
しかし、このような単独親権の制度のために、
親権争いが子の取り合いにいたるなど必要以上に激化したり、
親権が一方に決められたりすることによって、
他方の親が子の監護についてまったく権限がなくなり、
面会交流の制度の不備ともあいまって、子どもとの接触を絶たれてしまうなど、
子の権利・福祉の観点からも見過ごせない問題が生じることがある。
 この点、欧米諸国では、すでに共同親権の制度が実現しており、
離婚後も両親ともに子どもの監護に関する権限と責任を有することが
可能な制度となっている。
 わが国においても単独親権のみを定める民法が実情に照らして
もはや相当とはいいがたく、日弁連では、2006(平成18)年以降、
3回にわたってシンポジウムを開催するなど、
共同親権を実現するための法改正に向けて継続して調査研究をすすめている。」

日弁連が見解を変えるのは別にかまいません。
そういうことはあるでしょう。
でもどうしてそう変わったのかは説明してほしいものです。
posted by kネット君 at 21:25| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岐阜の会

岐阜で東京でやっている実践講座を開いて欲しいという流れから
岐阜に行って、地元の当事者といろいろお話をした。

主催者側がいろいろ宣伝したり後援をとるのにがんばったおかげで
20人近い参加者が来て、この問題で、かつ地方都市での開催という
面では、最大限の参加者だったのではないだろうか。
新聞4紙でも事前に紹介された。
よかったよかった。
遠くから受付や準備に来られた方、
地元で準備をされてこられたみなさま、お疲れ様でした。
参加してくれた人も来ていただいてありがとうございました。

当日は、
共同親権って何っていうそもそものお話から
最近の調停や審判の傾向、こまごまとした
今できることまで、これまでいろんな人の話を聞いて
身について整理してきたこちらの蓄積を
少しは共有できただろうかと思う。

こちらも、やはりはじめての人の経験を聞くと、
いろいろと学習することが多い。
グループワークのやり方とかは
知り合いが司会をしてくれていたのだけれど
参考になるところはあるよねって思った。

やっぱり渦中の当事者は
相手との関係の中で
いろいろと悩むところはあるようで
ヒントがちょっとでも得られれば、とやってくる。
ぼく自身もいまだにいろいろ悩むことは多い。

やはり法制化の動きが気になるようで、質問も多かった。
それについては、動きはあるよということしか
今のところは言えないのだけれど、
情勢がとても流動的な時期だけに、
運動側としては、それなりに説得力のあることを
今は用意する時期だろうかと思いはする。

終わって早速夕方のニュースで
岐阜のテレビ局が講座について紹介してくれていた。
またこれで、岐阜で一人で悩んでいる人に同じ悩みを
抱えている人の存在が伝わっていけば輪は広がって
いくだろうと思うよ。

打ち上げで、いろいろと
地方で運動を作っていく動きが話題になっていった。
「信長の野望」みたいに、なんだか日本海側がとか九州がとか
いろいろ夢が膨らんでいるようだ。
そんな中にkネットがどう動いていけるかな。

夜遅く、岐阜駅から夜行バスに乗る。
金の信長像が、ロータリーから見送ってくれた。
posted by kネット君 at 14:52| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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