2011年05月31日

仕事する

午前中に家で原稿を書いたり、校正をしたりしていた。
そしたら電話がかかってきて、これから福島から来た人に
話を聞くからやってこないと駅前に呼び出された。

のこのこ自転車でいく。
その方は、
原発から80キロ圏の方。
身体を扱う仕事をしているのだけれど、
患者さんというかお客さんからいろいろ情報が入っていて、
下痢が続くとか、身体がだるいとかそういう話を良く聞くという。
本人もちょっとだるいという。
でも医者に行っても対処療法的な対応しかされない。

自分の娘の鼻血が止まらなくなり、
友だちと別れたくない娘を説得して
国立の隣町に引っ越してこられた。

放射能は垂れ流されているので
累積の線量はどんどんたまる。
メディアは復興のことを取り上げるばかりで
原発に批判的なことはいまだに及び腰。

わりと原発関連の記事が多い東京新聞は
記者会見から排除されるようにもなっているそうだ。
いやあ、戦時中の大本営発表ってこんな感じだろうねえ。

今日も相談の電話が一件。
今日は事務仕事ができなかったので
明日するしかない。
山の雑誌で仕事もらってくる。
なんだか、どんどんどんどんやることが増えていく。
posted by kネット君 at 19:51| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月30日

運動がおもしろいのはよくないか

明文化と活動

昨日、明文化してどうなるというようなことを
いろいろ当事者どうしで話していた。
結局は最高裁が認識変えないと、
裁判官の判断も変わんないということを言う人がいた。

「だったら、最高裁に直接言えば。
毎日でもファックス送ればいいじゃない。
それやったの」

って聞いたら、やってなさそうだった。
やってれば一日子どもと会うのが早くなるかもしれないし
一日子どもと過ごす日が長くなるかもしれないのに、
どうしてやらないんだろうねえ、とちょっと不思議。

運動はおもしろいのはよくないのか


国会ロビーで議員にお願いするより、
学校やら裁判所やら現場で文句言って
現状を変えてったほうが結局は法律を変えるのだって近道だと思うよ。
それにね、そのほうがおもしろいでしょう。

って言うと、まるで失言のように言われてちょっと意外だった。

まあ、国会ロビーってお願いだから、
好きな人もいるけど、ぼくはあんまりすきじゃないしおもしろさはほかのものに比べると少ない。
でまあ、おもしろくないからしないというわけでもないけれど、
おもしろくないと続かないというのもわかりはする。

運動をおもしろくしようとすると
なぜか、ひんしゅくを買う。
まるで活動というのは、正しいことだから
真面目でなきゃいけないし、
不真面目でいいかげんなのはよくないという圧力はある。
そうなると、まじめな人しか運動をしないということにもなる。

勝手に活動について思い描いているものを
他人にあてはめようとするので、すれ違いが生じる。

まじめでおもしろくもないことを人がし続けるなんて
思ってたら幻想だと思うのはぼくの意見だ。
それを言っていることが不愉快にさせたなら悪いなあと思うけど
別の人にそれはやってもらうしかない。

法律なんて秩序なわけだから
現状が変わっていないのに
議員に働きかけても現状の範囲内のことしか
決まらないというのがこの3年間の成果ということもできる。
(もっと前からだと10年間だけどね)

だから現場をいろんなところに作って
それが現在の法の枠の範囲にはまらないということになれば
そこに新しい秩序を構築しないといけないということになる。
共同親権は目的ではなく、結果なのだ。

あなたはどうなのよ?

よく、「宗像さん、これからも運動続けるんですか」
って聞かれることがあるけれど、
「まあ、子どもも大きくなるまで時間あるし
10年はやるつもりですけどね」
って一応は答える。

でも聞かれるたびに不思議に思う。

そんな質問、ぼくにしてどうになるというのだ。
ぼくがどうあれ、自分がするって決めれば
活動であれ、なんであれ続くってことなわけだ。
自分にできないことは人にだってできはしない。

ぼくが運動やめたら、子どもに会うのを諦めるのだろうか、
法制化を諦めるのだろうか、
だったら最初から法制化なんか諦めるべきだ。

人はおもしろいところに集まるのであって、
それが運動として見えるということなのだと思いはする。

それなりにこの3年間成果も挙げてはきたけれど
別にぼく一人の力ではないのは当たり前だし、
だったら、ぼくじゃない人だって、
別のやりかたでできることはあるに決まっている。
posted by kネット君 at 23:22| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月29日

明文化の効果

明文化されてどうなる

面会交流が明文化されてどうなるのかというのをみんな気にしているようだ。
評論家は、国会中継や決議に至るまでの内幕をあれこれ出し合って、
いいとか悪いとか言う。
活動家は質疑や趣旨で使えるところがないか探す。

法というのは世間の基準、つまり目安なので
明文化されたということは、無視していいという段階から、
そういう問題がありますよと認知させたということだ。
つまり、マイナスが0になった。
これをプラスにしていくのに、
法律家や専門家がどうこうできるわけではなく、
できるのは別居親だけだ。
弁護士は法的に使えないものは意味がないとみなす。
そういう人たちはほっといて、
あらゆるところで言いましょう。民法明文化。

どうやったら会えるのか?

なんてことをよくきかれる。
技術的なことはいくつかいうことはある。
状況を整理して伝えることもできる。
「でも、そしたら相手方が・・・・・・」
と続けば、それはあなたの判断だから
こちらがどうこう考えを押しつけることはできない。

「でもね、あなたが会いたいとか、取り戻したいとか決めれば、
そうなるんですよ。
それが一週間後か一年後か、十年後かそれはわかりません。
あなたが決めたことに対して、
相手や周りはあれこれ言うし、邪魔をしてくることもあるでしょう。
でもそれはあなたの決めたことについてどうこうしているだけで
それを振り払ったり、無視したり、すればいいだけのことです。
そうすれば、相手に振り回されるなんてことはないでしょう。
一時的には後退することもあるかもしれませんけど、
あなたがそうすると決めているから、そうなるんです。
たとえ身柄は取り返せなくっても、心は取り返せる」

だいたい、そんな親に会うのに妨害し続ける人を
子どもが心のよりどころにするかどうかは
考えればすぐにわかることだ。

徒党を組め


親子ネットを最初につくったときには、
圧力団体として位置づけていたので、
相互支援のための組合みたいなもんと思っていた。
裁判所であれ、学校であれ、団体という社会の目が入れば、
周囲の見方は変わってくるものだ。

たとえば、いじめも不登校も
最初は病気とか、その人個人の問題として片付けられて
学校もかかわろうとはしてこなかった。
ところが、それが社会問題と認識されてくれば、
学校もまたそういうものとして扱って、対応しなければ
社会的な指弾を受けるようになっていった。
不登校の問題には、当事者となった親たちの運動があったわけだ。
障害者の普通学級への出席も最初は理解されなかった。
団体というのは手段であって、でも仲間でやっているわけだから
お互い様というのが基本にある。

組合や解放同盟みたいに大勢で押しかけてもいいけど
まあ、そういう団体があるんですよねって、名刺もって
いっしょに話をしにいくってだけで効果はある。

ところが団体を作ると、それに権威を持たせたい人が必ず出てくるわけど、
学会みたいにしたい人と話が合わなくて、組合路線のぼくは会を割った。
会に権威を持たせても、権威が好きな人が集まるだけで、
そんなんで、裁判所やら現在の法を支えている人たちに物が言えるわけもない。

というわけで、
全国の会えない親たちよ、

kネットのもとに結集せよ!

え、今風じゃなくていやだって?

でもね。
今の反原発ジャーナリストと同じで、
日本が共同親権になったときには
むちゃくちゃ注目される・・・・・・かもね。
posted by kネット君 at 22:51| 東京 ☔| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月27日

面会交流の明文化

参議院本会議で民法の改正案が通り
面会交流と養育費について、民法に明文化されることになった。

3年前、ウィンクの新川さんが代表だった面接交渉連絡協議会の
当面の目標が、明文化だったので、こっから先は監護親たちは
想定していない世界に入っていくことになる。
ぼくらも国立で運動を始めたころは、共同親権なんて無理じゃないと
思っていたので、事態の展開は早いと言うべきか、じれったいと言うべきか。

どっちでもいいが、声明を上げた。
最近、声明書いてばっかりで、こういう文章、なんだか書いてておもしろくない。
山に行ったときの紀行文のほうがよっぽど書いててすかっとする。
あるいは、地元で出してるミニコミのエッセイのほうが書いてておもしろい。

ほかの団体も出せよなあとか、ちょっと思う。
同じことみんな考えているわけでもあるまいに。
同居親の団体だって、養育費が明文化されたのは
それなりに意味があるとは思うのだけれど。

民法が変わったといっても、
明文化されただけなわけだけれど、
これまで、国内法で武器になるのは
まったくなかっただけに、これまでとはずいぶん違う闘いかたが
別居親にとってはできる可能性がある。
なにしろ、子どもの権利条約や憲法を持ち出して
面会交流について議論するのは、
まったく間違っているわけではないが、
結果を予想する身としては、徒労感がなかったわけでもない。
それでも言うことで事態も変わるので、明文化も
そういった別居親たちの主張が後押ししたというのは絶対ある。

動けば変わる。そしてこれからも。
posted by kネット君 at 23:36| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月26日

敗北を抱きしめて

敗北を抱きしめて

というのは、ジョン・ダワーの書いた日本の戦後体制が
いかにアメリカの占領と日本の側の利害の合致した結果で
できあがったのかというのを描いたノンフィクション。
数年前に話題をさらった。天皇制がその中で生き延びた。

ハーグ条約の加盟の経過を見ていると、
ここでも日本は敗北を抱きしめているようだ。
敗北というのは、地震に続く原発の事故。
トモダチ作戦に米側の事故収拾への関与の程度が高まり、
日本がアメリカへの依存と強めているのは、
敗北を抱きしめているからという意見を言っている人がいた。
ハーグ条約の加盟をこのタイミングで決断するのも
敗北を抱きしめている部分が少なからずあるだろう。
これ以上、国際社会、とりわけアメリカにひんしゅくを買うようなことをするだけの
力量が、「敗北」した日本に今残っているだろうか・・・・・・。

政府のウソ

原発事故の直後、このブログで政府と東電批判を
日弁連批判と同じくらい書きまくった。
事故の直後は、「もう100回くらいうそついてるよ」
「メルトダウンって言わないのはごまかしよ」
と書いていたのだけれど、どうやら両方とも当たっていたのが
昨今の報道で明らかになっている。

政府のやることが正しいと思っていた人にとってはショックだろうが、
権力なんてうそがないと成り立たないと思っていたぼくのような人間にとっては、
やっと真実がつたわったのね、と思わないでもない。代償は大きすぎた。

親権問題やハーグ条約の議論でも、
政府の側の慎重な意見の中には、少なからずうそや
根拠のない思いこみがある。
海外から逃げ帰った母親にはDV被害者が大部分という
根拠のない意見がいまだにまことしやかにマスコミ報道で言われたりする。

3年間、別居親の相談を受け続けてわかったことと言えば、
引き離された親というのは、平均すれば「フツーの人」という現実だ。
変なやつもいれば、いい人もいる。
弁護士たちは「共同親権の人たちは」と陰口をたたいたりしているだろうが
弁護士達もまた、ただの人というのも、この問題を通じて学ばせてもらった。
金や出世、業界での評判を気にして、人の人生を顧みないところなんて、
別に弁護士に限らない。
フツーがいいというわけでもない。
こんな世間の常識を、子どもの世代に引き継ぎたくはないよね、
というのは、別居親の何人かの感想だった。

利権構造

この運動を始めた最初のころ、
いやがらせのメールや手紙や手の込んだいやがらせが
何回かあった。デモに公安警察が見に来たこともあった。
それだけ反応があるのねって、喜こんだりもしたけれど、
たしかに社会的に認知された証拠でもある。
でも、レベル的には、たいした抵抗を受けているという感じではない。
ぼくの知り合いに、反原発の運動を長年続けている女性がいるが、
一時期は毎日、いやがらせの手紙やはがきが来て、
家族がノイローゼになりそうだったという。
原発というのは、利権中の利権なわけで、
だから、テレビも新聞も電力会社のCMにジャックされてきた。
広告料というのは、口止め料なわけだから、
原発は何となく安全という神話が成り立ってきた背景には利権がある。

なので、引き離しについて言えば、
嫌がらせがこの程度に止まっているとのを見れば
対抗する側の利権構造の脆弱性の程度が推し量れる。
まあ、男対女、同居親対別居親、加害者対被害者という
対決構造になれば、権力の側は、勝手に自滅してくれてって
喜びはするだろうけれどね。

いつ共同親権になるのか?

なんてことをたまに聞かれる。

友だちの革命家に、「いつ革命起きるんですか?」って聞いたことがある。
「それはあなたが、革命しようって思ったときだよ」
って説明していた。
革命家が革命を起こすのではなく、大衆が革命に目覚めたときに革命が起きるそうだ。

「GO! GO! 共同親権」
とか言っている人が、100回同じこと言っても、共同親権になりはしない。
新左翼の世界同時革命のスローガンを仲間内でしゃべっているようなもんだ。
「共同親権? ぼくには関係ないなあ」って言っている人が
「やっぱ共同親権にしないとまずいんじゃない」って思ったとき、
共同親権になるということになる。
でまあ、そういう人は増えてきたかもね。

相談の増加

マスコミでハーグ条約や親権の問題が増えると、
必然的に、問い合わせや相談が増える。
今週火曜の相談の当番はぼくだったけれど、
短時間に2名の相談を受け、それ以外にも相談を受けて
てんてこ舞いだった。
これから調停や裁判という人もいて、
どうしようかっていうときに、弁護士の意見を話半分に聞いて
ぼくらのところに来て、ちょっと納得という人もいるにはいる。
そういうところがあるというだけで、世の中はだいぶかわってきた。

山に行く

雑誌の取材で山に行ってた。
一泊で沢を歩いて、上部には3日前に降った雪がまだ残っていた。
数年ぶりにする沢登り、たき火して、ご飯たいて、もう最高!
仕事なんだけどね。
posted by kネット君 at 21:35| 東京 ☁| Comment(4) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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