2011年09月21日

並木道100号記念読者交流会

当事者のミニコミを除いて
全国一共同親権運動を取り上げているミニコミの読者交流会です
来てね!


並木道100号記念読者交流会



国立で地味に続いたミニコミ「並木道」

生産者と消費者の一致する、

顔の見えるミニコミを目指しています。

8年間、たまにひんしゅくを買いながらも、

めげずにこの9月をもって100号を迎えることになりました。

というわけで、100号記念イベントを開催します。



日時:10月1日(土)午後7時〜9時

場所:かけこみ亭(谷保駅下車3分)

参加費:1500円(ワンドリンク・軽食付き)

*1品持ち寄り歓迎

内容

第1部:「ろっくでいくよ〜ん」リアル 魂注入講座

―ブルースからローリングストーンズとその他―

講師 難波広(並木道で「ロックでいくよ〜ん」連載)

第2部:音楽・パフォーマンス

出演 難波広、星埜めぐみ、島崎智子、

らっぱ、マジック・リン、ほか交渉中

主催:並木道の会

042−574−0930(宗像)

munakatami@gmail.com




posted by kネット君 at 22:21| 東京 ☔| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嵐の日の家裁

おそれられてもねえ

前から頼まれていたつきそいで家裁に行った。

1時間前にロビーで打ち合わせをしたのだけれど、
金銭面での履行勧告だったので、それについては
できることしかできないでしょ、としかならない。
子どもにも会えないまま、お金だけ請求されるというのも
理不尽なわけだけれど、それが日本の常識なので、
そのことについては、その理不尽さとたたかうなら
常識とたたかうことになるよ、と言いはした。

履行勧告なので、特段出向く必要もないといえばないのだけれど、
事情を理解してもらう必要あるし、何より本人状況を理解しないと
安心できないので、つきそっていくことにした。
調査官からは、電話口でつきそいを断られたのだった。

ほんで、窓口で制限されたら、まあしゃあないかなあとも思ったけれど、
実際に行ってみると、取調室のような調停室に通されて
ぼくもそのまま横に座った。

名刺を最初に渡したけれど、本人は自分の状況をわりと
整理できて話したので、ぼくはとりたててしゃべることもない。
とはいえ、横に人がいるのといないとでは、天と地ほどの
差はあるだろうなあと思う。

わりと誠意ある対応はその人はしてきたというのはあるので、
そのことについては調査官も理解を示してくれているようにも見えた。
で、制度のことで知らないことも、教えてくれた。
金銭面でのこととなると、実際ぼくは体験はしていないので、
今回は勉強になった。

最後のほうで、ちょっとぼくが補足して、
kネットのリーフレットを手渡した。

そしたら
「ネットで書かれていますよね。
家裁はおそれているんですよ」
と言っていた。

まあ、今回はこちらから事情をしゃべりたいというから
聞く機会を設けたのに、ほかの人と来るとなると、
そりゃあ警戒するよねえ、と思いはする。
彼が団体名を告げていたので、
ホームページを見て調べたということのようだ。
よかったよかった。
とはいえ、
家裁の調査官と機会を見ては面と向かって話すというのは
小さな積み重ねであれ、必要なことだ。

台風


つきそいに行ったかたは、
だいぶ状況が理解できて、ほっとしたようだった。
いっしょに地下の食堂でご飯を食べて、
さあ帰ろうと、ロビーから外を見ると、
なんだか来るときと風景が一変してすごいことになっている。
ちょっと離れた駅まで歩いていくのも勇気がいる風雨。
タクシー会社に電話しても、みんな通じないか時間がかかる。
しょうがないから駅まで歩くと、電車が動いていない。

もう少し離れた駅まで歩こうと外に出ると
一瞬でビニール傘がまんがみたいにくしゃり、
とても無理。

しょうがないから、ちょっと戻って
裁判所横のバス停でバスを待つことにした。
屋根はあるけど、意味がない。
ぼくら2人が待っていると、だんだん人が集まってきたのだけれど、
それでもなかなかバスが来ない。
最終的に10人くらいになって、ようやくバスが来たときには
歓声が上がった。

なんだか遭難して救助のヘリが来たときみたいだ。

駅で傘を買って
自宅の側の駅から外に出ると
案の定、歩けないほどの風で
買ったばかりの傘が壊れるのが怖くて
結局、家まで走って帰った。

それでもちょっと前身が見られて徒労じゃなかっただけよかったね。
posted by kネット君 at 22:18| 東京 ☔| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月18日

人と話す

取材受ける

昨日は、テレビ局のディレクターと話した。
久しぶりにフェアに見てくれるマスコミ関係者だった。
午前中からあれこれと自分の経過と運動の経過を話した。
運動経験があまり共有されない運動だなと思うけれど、
そういうのやってもいいかなって思うときもある。

子どもと会う

今日は、子どもと会う日で千葉まで行った。
朝7時に家を出ると、1時間も前に着いて時間をつぶす。
それでも2カ月に1回2時間半の面会交流では
安否確認以上の意味は持ち得ない。
それでも子どもたちは元気いっぱいで、
公園の露天を3人でふらふらと遊んだ。

調停を立てたけれど、
FPICで毎回会う相手方も
とりたてて受け止めているわけでもなさそで・・・・・・。

写真を現像

子どもたちと会うときには、
カメラを持っていく。
それで子ども達にわたすと、
あちこちと好きに写真を撮っている。
それをその日のうちに現像してアルバムに入れ、
次回会ったときは、自分が撮影したものを子ども達にわたす。
それはそれで離れた親子が共通の話題を作るネタにはなる。

毎回、写真を現像してくれるフォトマジックは、
日曜の午後は忙しくないのか、
今どきデジタルデータを現像する客などあまり
いないのか、ゆっくり相手をしてくれる。

相談


携帯に電話がかかってきて、
相談の電話だった。
裁判のことなので、知っている限りのことは
しゃべってみる。とはいっても、どうなるかは本人次第。

3年ほどやってみて、いろいろ相談されたりもした。
特に人助けという気があるわけでもなく、
いろいろ世話になってきた部分もあるので、
還元しているところもある。
それにしても、相談を受けるということは、
その人の経験を聞くということで、
自分個人の経験が限られている以上、
他人の経験で、勉強させてもらっているというのは多いにある。
自分が子どもに会う過程で、他の人よりもその点についてよかったと思う。
逆に言えば、展望が見いだせない人ほど、人の悩み事に耳を傾ける
というのが、役に立つとおもうのだけれど、あまり
相談を受けるということについては、
当事者の中では重視されない。

はちゃめちゃな経験でも結果を残していたりする人は
少なくなくって、そういう人のはなしに耳を傾けるのは
貴重な機会だと思うのだけれど。

経験は技術、です。
posted by kネット君 at 22:06| 東京 ☀| Comment(1) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月17日

裁判官の心証とか

市役所から督促状が来ていて、
市民税と国民健康保険だった。
最近、医者にかかったので、国民健康保険は払おうかと思う。
傷病手当ぐらい自営業者にもつけよな。

裁判官の心証とか

昨日午前中は相談を受けていた。
調停で、裁判所の職員に対して何を言うべきで言わないほうがいいのかとか
いうのはよく聞く話で、特に理不尽な調停進行がある場合には、
言いたいことがあったとしても、言葉遣いには慎重になる。

たとえば、「先生」とつけることについて
それが敬意だと受け取る人もいるし、
皮肉だと受け取る人もいる。
ので、「先生」とつけることが相手を怒らせないと
いうことには必ずしもならない。
相手に「先生」とつけることが敬意の表現と考えるというのは
上下関係の中での関係性においては間違っていないけれど、
相手が対等性を求める人である場合には、特別扱いということに
なって煩わしく感じることだろう。

ぼくも会社の人とかといっしょに運動する機会が
共同親権運動の場合はときどきあって、
最初のうちは、会の代表になったので
(別にしたくてなったわけでもないけれど)
写真に写るときとか、真ん中に誘導されたりすると
あんまり目立ちたくないという性格もあって
いい気分はしなかった。
けど、そうしたほうは、普通の習慣でそうしていたというのは
わからないでもない。

一方では、「代表なんだから」という名目で
自分がやりたくない雑務を押しつけられたりして、
ばかばかしくなって、今は代表をしていない。

そんなこんなで、
言いたいことがあったら、そう言えばいいし、
ただ、言ったことで失礼がなければそれでいいなじゃないと思うし、
調停委員が失礼だったら、そう言えばいいんじゃないということしか
言いようもない。

日本では、権力に服従することを「大人になる」と表現することが多い。
ので、裁判所や弁護士の権威を認めなかったりすると、
「子ども」と言われて、彼らに酷い目にあっているはずの
当の当事者に、批判されるという、ことになりかねない。
いったい、何と闘っているのか、そんなに裁判所に従って
いいことあんの、と思ったりもした。

法制化はどうなってんの

ということをときどき聞かれる。
「あなたはどうなると思います」
と聞き返すと、自分の考えを言ってくれる。
「だったらそうなるんじゃないでしょうかね」
と答えてみる。

ときどき知り合いにあちこち聞いて大体の様子がわからないでもないけれど、
「情報を得るために」とかいって、あちこちにネット上のチャンネルを持っている
人が、ぼくに聞いてきて一喜一憂する現象っていったいなんなんだろう。
だいたい、ネットを通じて手に入れられるような情報はそこ止まりで、
ないよりましだが、戦略を立てるような情報なら、自分の目で見て
耳で聞いて確かめるしかないではないか、と思いもする。
ひとりでできないことでも、大人数ならできることはある。
でも、他人に運動の参加感を提供するために、
人と会ったりしているわけではない。
知りたかったら、自分で聞いてみるしかないよね。

ネット上に出たマスコミ情報を見て、
ああだろう、こうだろう、とか評論するだけなら
運動でもなんでもないわけだ。

posted by kネット君 at 20:40| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

裁判所の水際作戦

資料請求

日弁連に要望書を出したからかわからないけど
その筋の方から賛同というか、
問い合わせのメールが来て資料を送ったりした。
昨日も、九州の知り合いから新聞社に売り込んだから
資料を送ってくれって問い合わせがあった。
今、日本で一番共同親権運動が盛り上がっているのは
彼の地かもしれませんねえ。
ちなみに、ぼくはミクシィはこの間やめた、
九州の人たちは、ほとんどの人がミクシィやんないので、
なんだか、感性が合うというか、やりやすい。
実際、別府の交流会は5人集まったというから
そこそこですよね。
別にネットの効用を否定するわけではないけれど、
それで人間的なつながりが構築できるかは
かなり難しいかなっていう気はする。

水際作戦

最近、個人的に頼まれて相談にのっている人は
家裁から金銭的な履行勧告がされていて、
心配だったらぼくついていくから、家裁に言ってみたら、
って言ったら、家裁には一人で来てくれって言われたそうだ。
なんでも履行勧告は、調停の延長のアフターサービスだそうな。
まあ、本人に任せていても言いくるめられるだろうねって思ったので、
ぼくが直接電話して、調査官と話した。
調停のつきそいを認めるかどうかというのは
裁判所の職権主義というのがある以上、
裁判官が決めることになる。
その手続を知らせることなく、窓口で同行を断るというのは
要するに仕事の手を抜きたいか、団体を恐れているのか、
どっちにしても、「水際作戦」なわけだ。
ひととき、生活保護申請をさせない役所の手続が
「闇の北九州方式」として話題にされたけど、
裁判所も似たようなもん。

「あのね、不安があって同行を申し出たんだから、
その手続をその方に教えるというのが筋なんじゃないですか。
いずれにしても行きますから。
窓口業務から、調停の延長に移行するならその場で言ってください」
どっちにしても、調査官にそんな権限ないんだから、
越権行為に当たる。

ちなみに、親権変更の手続を養子縁組を理由に
やめさせたのは、松戸支部の裁判長。
「闇の松戸支部方式」と呼んでも別にいいよ。

硫黄島作戦


ちなみに、生活保護申請については
「水際作戦」が問題にされたので、
その後役所のほうでは、申請は受け付けて
ほとんどの申請を却下するという手法が、
「硫黄島方式」と呼ばれたことがある。

つまり、上陸させておいて、皆殺しするということ。
あんまりいいたとえとも思わないけど、
面会交流の場合は、この方式が割と当たっている。

どっちにしたって、役所の窓口の意向一つで
法律はそっちのけで、処遇が決められるというのは
注意しておかないと、別にこの問題に限らず
何でもそうなので、言ってることが職員によって
まちまちというのは珍しくない。
めんどくさいが、いちいちどうなっているのか
問い合わせて、法的根拠を示させていかないと
職員の意識もなかなか変わっていかないわけだ。








posted by kネット君 at 23:24| 東京 ☀| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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