2009年08月10日

用語集その7「別れたあとの共同子育て」

「別れたあとの共同子育て」

棚瀬一代『「クレイマー、クレイマー」以後」(1989年)のサブタイトルとして使われた言葉。
その後、あまり一般化していなかったけれど、法律用語の「共同監護」が当事者間でも使われるため、
普及しなかったというのもあると思う。
「共同監護」という言葉では、実際、世間的には何を言っているのかよくわからないけれど、この言葉であれば、離婚後に別居親が求めるものの中身の多様性を確保できるのではないかと、最近思っている。

「共同養育」

この言葉も最近当事者の中で使われる。
共同親権という言葉が、現在の親権概念の延長線では貧困さをぬぐえないことから、関西の矢野さんあたりは意識的に使っているようだ。
それでも、「養育」という言葉自体も、「養育費」という言葉に端的に表れるように、経済の問題として扱われてきた印象を否めず、用語としては窮屈な感じもする。
もちろん、「養育」には、子どもの人格形成に影響を持つものとして、単に金を出すということだけではない意味もあるわけなのだけれど、事実母子家庭側が、「養育」と強調するときは、「養育費」だったわけで、そうなると、別居親の父親は「会えなくっても黙って金を払っておけ」という論理がまかり通ってしまう。
別居親の母親の側になると、手元で子どもも育てられないのに、何を言う資格があるのということになってしまう。性差別が肯定されかねない。
「男は外で金を稼ぎ、女は家で家庭を守る」という論理を脱却するのに、「共同養育」という言葉は、多少守備範囲が狭いかなという印象はする。

「共同監護」

「監護権」は親権の中で「身上監護権」を意味するが、実際には、司法の中では「監護」は単に「身の回りの世話」という程度でとらえられている。
つまり「監護」は親だけができるというわけではない。
里親や、あるいは再婚家庭でも、「監護」はできるから、「子どもの福祉」のために、別居親の存在が排除されてきたのはそのためである。
この「監護」概念では、身の回りの世話に携わっていない父親が、離婚時に子どもを争った場合には、不利になるのは当然である。しかしその父親自身も、長時間労働で子育てにかかわりたくてもできないのかもしれない(あるいは、もともとそういう気がないのかもしれない)。
そもそも、親どうしの「子育て観」の違いによって、離婚に至る夫婦は多いのに、離婚後も一面的な裁判所の「監護」概念に別居親が擦り寄る必要もない。
実際上の「別れたあとの共同子育て」にどうかかわるかというのは、それでも親どうしのすりあわせが必要だろうけれど、別れた後に、自分が「子育て」にどうかかわっていくのかというのを、あらためて考える親は、同居親も別居親も多いのではないだろうか。
法律用語に振り回されるよりも、「別れたあとの共同子育て」をどう実現していくかという視点から、法制化も考えていかないと、結局当事者も、法律家の論理に振り回されていくことになるだろう。


「別居中の単独監護」

ちなみに、裁判所は別居中の監護について、766条を類推適用して「監護者指定」の審判をする。
親権から監護権を引けば、残るは財産管理権だけなのだから、こういった裁判所の運用は、事実上、婚姻中の共同親権すら裁判所が侵害しているということになる。
事実上、単独親権になってしまうのだから。
子どもを連れ去られて会えなくなった親は、法に定められた権利すら行使できない。
これは法制化以前の問題である。

こういった議論からは、「法律婚の保護」という夫婦別姓論議、つまり、戸籍制度につながる論点が浮かびあがっていくのだけれど、それは次回に譲りたい。

何しろ、法律家が法改正をするわけではなくて、法を法たらしめるのは、ぼくらである。
posted by kネット君 at 08:49| 東京 ☔| Comment(1) | 引き離し用語集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
別れても〜子育てを〜
換え歌つくりましょうよ。
デュエットソングで。
Posted by 別れても好きな人 at 2009年08月10日 20:30
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