2009年09月30日

用語集9「職権主義」は「職権濫用主義」

「職権主義」

訴訟手続きにおいて裁判所をその主宰者とし、裁判所に審判についての各種の権限を集中する原則。裁判長が訴訟指揮権や釈明権を多用して積極的に口を出し、注文を付け、裁判の主導権を握る。実体的真実の発見という要素の強い刑事訴訟では、職権主義の要素が強くなるが、家裁も同様に「職権主義」が採用される。
家裁の審判官は一人しかいないので、まるで「全能の神」のような存在になる。
裁判官の職権で丁寧な審理も可能だが、やろうと思えばいくらでも手を抜ける。

「当事者主義」

訴訟の開始、審判の対象の特定、証拠調べ、訴訟の進行や終了について当事者に主導権を与えること。原告と被告の両当事者の自主性と自由な法廷闘争に任せ、裁判長は極力口出しせずアンパイアに徹する。
民事訴訟は個々の権利利益の得喪変更に関するものだから、当事者主義が支配的(処分権主義・弁論主義)である。
現在家事審判法の改正作業が進んでいるが、家裁の運用を、「職権主義」から「当事者主義」に変えることも視野に入れていると聞く。

「職権主義」は「職権濫用主義」

家裁の審判官の権限を明記している家事審判法は、その第一条で法の目的として、「個人の尊厳と両性の本質的平等を基本として、家庭の平和と健全な親族共同生活の維持を図ることを図ること」と定めている。
そうすると、あまり「権利の主張をするよりは」という発想になりやすいのかもしれない。
特に、子の監護については、「子どもの福祉」が水戸黄門の印籠のような役割を果たすので、裁判長がめんどくさければ、いくらでも証拠など無視できて、結果、監護親有利な取り決めや決定を出すことが可能になる。家裁の調停では書面の形式もどういうやりとりを当事者間でするかも、何の決まりもない。当事者が生意気なら、裁判官の職権で主張を無視して黙らせることも可能である。
「職権主義」は下手をすれば「職権濫用主義」にすぐ陥りやすい。
裁判官や調停委員の横暴は、いちいち指摘していかないと変わっていかない。

posted by kネット君 at 16:53| 東京 ☁| Comment(0) | 引き離し用語集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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