2011年07月06日

話を聞いて

メールや電話でいろいろと相談が来る。

審判でよくない結果が出れば
高裁までにどうしようか考えるし、
相当な面会交流がほしいと考える人は
どんな養育計画を立てればいいかって聞いてくる。

ずっと前に相談をしていて最近連絡が来なかった人からも
電話があったりする。
こういうのは、ぼくもいろいろどうしよっかって迷ったときに
人に相談したりはするので、お互い様なのだろう。

それにしても
こういった情報がまだまだ別居親の言葉として
流通していないっていうのはどういうことだろうと思いはする。
何冊も冊子を出したりしたけれど、別居親団体の本とかそろそろあってもよい。
(ていうか作ってはいる)

そういうのあればどれだけ助かる別居親子がいるだろうと思いはするけど、
そういうの言い始めて運動も3年。ファーザーズ以来だと10年。
あきらかに運動の方向性が間違っていた部分はある。
それで、だれか専門家という人が本を出すと読むのだけれど、
専門家だって、当事者から話を聞かないと事情なんかわかんないわけだから、
知っている範囲のこと以外は実は載っていなかったりする。
(海外の翻訳であれば別)

まあ、これも愚痴だったりする。

植村直己の取材を続けていて、
今日は山岳部の同級生の方に取材に行った。
今回の取材のテーマは単独行。
前に一度会ったことはあるのだけれど、
その方は、一人で暮らしておられて、
いろいろ有名になっていった植村さんに対して
思うところはあったようだ。

人に気を使いすぎる人だから、一人で山やってたほうが
楽じゃない。だから単独だったんじゃない。
なんていう説明は植村直己の強さだろうか弱さだろうか。

ぼくも何度か単独で山に行ったことはあったし、
小さな大学の小さな山岳部だったので、
寂しくって他大学の人間といつも登っていて、
そのころの仲間の中で財産だったと思うやつは何人かいる。
それでもいく人間がいないと、一人で山に行ったりする。
自分一人で完結する行為だとか言いながら
他人に言わないではいられない。
それで言ったりすると世間から認められて
かっこいいとか言われて、ちょっといい気分にもなる。
矛盾しているのだ。

単独行な別居親たちよ、
寂しいことは悪いことではない。
なんたって、一人になりたいときってあるじゃない。
posted by kネット君 at 19:34| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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