2011年07月21日

13年

 長い間投稿できなかった。
 実は3月8日、岐阜家裁で子どもに会うことができた。調査官調査の一環ということだった。実に13年ぶりだった。当時4歳だった子どもは18歳の青年になっていた。
 もうすでに知らない若者だった。
 でも面影が残っていて最初はうれしいばかりでにやけてしまった。
 泣くに泣けない、うぷぷぷってな感じでまあ泣き笑いをしていたのだ。
 子どものほうは冷静に「お金は持ってきましたか?」なんて言ってる。
 一息ついてからは質疑応答が始まった。仕方がない、感動の再会なんて最初の言葉でぶっ飛んでしまっている。
 「どうしてお金が必要なの?」答えについてまた質問を繰り返した。
 おぼろげに子どもの輪郭が見えるくらいだったけれど、きちんとこちらの質問には答えてくれた。
 最後のほうで「連れ去りはいかんよ」と言われたときに、「えっ?覚えてないの?あのとき私はあなたに聞いたのよ。あなたが一緒に行きたいと言ったから二人で家を出たのよ。行きたくないと言ったら、行かなかったよ。」と言ったときの驚いた顔。
 覚えていないよなあ。長い時間をかけて彼の中で母親の思い出はきっと違うものになっているだろうし、まわりからはあまりいい話は聞かないだろうし、あのころの私の精神状態も最悪だったしな。
 で 少し経って子どもが「今までのことは水に流してやる。」
 時間は30分といわれていたのだけれど、調査官のかたが15分延ばしてくれたので、来る途中で用意したプレゼントを渡すこともできた。連絡先も渡せた。もし何か困ったことがあったら連絡して、私はいつでもあなたを助ける。そんな風なことを言った気がする。ごめんね貧乏だからお金の助けはできないけど、というのも。

 ひとりになってゆっくり泣いた。
 泣いていると隣の部屋が騒がしい。耳をすますと聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえた。そのうち、どたんっ ばたんっ がたっ と暴れるような音も聞こえる。家裁の内線の受話器を持つがどこにかけていいかわからない。身体の震えが止まらない。
 しばらくすると「帰るぞ」と言う声とともに静かになった。
 
 私の知らない13年の間にどんな生活があったのかわからない。父親とばあちゃんと三人の暮らし。きっとその生活の中で母親の存在は忌み嫌われてきたのだろう。
 「母親のいい思い出はひとつもない」と断言されたし。
 それでも今回少しでも何か残っているといいのだが。
 
 その感動の3日後に地震。原発事故。
 私の中で確実に世界が変わってしまった。4ヶ月とちょっと過ぎてしまっても。
 ただ、希望だけはなくさないで生きて行こうと思っている。
 
posted by kネット君 at 10:35| 東京 ☔| Comment(1) | ふみ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月29日

いろいろあった日

昨日からの雨が降り続いていた。
今日は映画の試写会に招待されていた。
生まれて初めての映画の試写会。
土砂降りの雨の中、こんなことがなければきっと行かないであろう六本木に向かった。
エレベーターで迷ってやっと着いた。

「愛する人」という映画。
宗像がすでに書いているので私の感想を少し。
号泣すると思っていた。
でも少し違った。
波のように押し寄せては返す感じだった。
いろいろ考えてしまった。
いろんな立場の人できっと思うことも違うだろうなとか。
でも観て考えてみるのはいいことだと思った。

封切前なのであまり詳しく話してしまったらダメだよね。

とにかくいろんなことを考えながら家路に着いた。
帰る頃には雨もあがっていて少し夕焼けが見えた。

夜はホットライン。
何人かが集まった。
夕ご飯を作ってきてくれた人がいておいしくいただいた。
ありがたいことです。

その方を駅まで送って行ってその帰りライブハウスに寄った。
今夜は三上寛ライブ。
遅い時間だったけどライブは最高潮。
盛り上がっていた。
ライブが終わってお客さんが引けるのを待った。
今夜のお泊りはかけこみ亭だというのでいっしょに帰ろうと思って。

お客さんがいなくなって話しかけた。
「おお この間はスケジュールが合わなくて悪かったな。 またいつでも呼んでくれよ」
この間とは早稲田でのイベントのことだ。
実はパネラーとしてお願いしたのだった。
ありがたいことです。

かけこみ亭にいっしょに戻ってまた話し始めた。
子どもに会えなかったこと、会えてからのこと。
男の子と母親の関係。
自分と母のこと。

どんどん話は転がっていく。
脊椎動物のこと、縄文時代のこと、南方熊楠のこと。
深夜まで。

寛さんは私の事情を知っている。
寺山修司さんの話が出た。
母殺しが彼のテーマだったこと。
母から届いた筆箱と2本の鉛筆、ずっとあなたのことを忘れたことはなかったという言葉。
泣けてきた。

帰り道、月がきれいだった。
月明かりに照らされた木の葉の影が美しい。
見ようと思えば見えないものもみえてくる。
なんとなくそんなことを思った。
posted by kネット君 at 05:20| 東京 ☁| Comment(0) | ふみ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

筋肉痛

先日お隣さんからメールがあった。
「木曜日の夜空いてませんか?」
手帳を確認して「大丈夫」と即答した。
何やらバイトの説明会があるらしい。
そして私にはわくわくどきどきの子守りをお願いされた。
やったあーっ。
2歳の女の子とお留守番。

当日、「早めに来ませんか?」のメールがあったので約束より早めの6時に行くと子どもがハイテンションで飛びついてきた。
そりゃあお隣さんだけあってしょっちゅう会ってるけれど、こんなに歓迎してくれるなんてと思ってると、「朝から今日は史ちゃんが来てくれるよってずっと言ってたの」とのこと。
ありがたい。
実はちょっと心配していたのだ。
二人で過ごすのは初めてだったから。

はしゃぎまくって大騒ぎしている間にママはそっと出かけて行った。
二人っきりになっても、泣くこともなくいっしょに夕ご飯を食べて、大好きなDVDを自分で操作して見ながら踊ったりして遊んだ。
絵本を読んだり、抱っこしてグルンとまわして布団におろしたり、もういろんなことをして遊んだ。
至福の時間。
9時半過ぎてママが帰ってきていろいろ話して家に戻った。

そのあともひと暴れしてから眠ったらしい。
ママと離れていた時間を取り戻したかな。
知っている人であってもやっぱり不安だっただろうな。
でもママからちゃんと話を聞いていたから、私といるということも幼いなりに理解していたんだろうと思った。

幼くても子どもは親がちゃんと話をしたら解る。
親がどうしたいかもきっと理解している。
私の子どもはどう話されてきたんだろう。
自分のパパやママに会いたくないと言う子どもはどんな風に話されているんだろう。
考えてしまった。

次の日は朝早くから出かけた。
ビシッと決めて議員会館へ。
引っ越してから初めての議員会館。
ポスティング。
前より広くなって高くなって歩く距離は倍くらいになっていた。
終わる頃には足がつりそうになった。

次の日は友人の子どもの絵が展示されていると聞いて福祉会館に行った。
体がだるくてなかなか起きられなかった。
いや腕や足腰が痛い。
筋肉痛だった。

子どもを抱っこしたりぶら下げたからなのか、それとも議員会館で歩きまわったからなのか。
とにかく確実に筋肉痛だった。
うーん・・・・・
posted by kネット君 at 05:57| 東京 ☁| Comment(1) | ふみ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月19日

新築祝い

お世話になっている方の新築祝いに行ってきた。
結婚した娘さんと同居することになったらしい。
何人か招待されていて、そのことをすっかり忘れていて遅れておじゃました。
ピカピカの家でやんちゃな孫が遊びまわっていた。
おもちゃの入れ物を持ってきて次々に出してくれた。
トーマス バズ ウッディ アンパンマン ミニカーetc
思い出すことが多すぎる。
いっしょにおもしろがって遊んでしまった。
子どもの好きなものは普遍だなと思った。

子どもの寝る時間になったので、大人の時間。
家族の歴史をその方のつれあいさんが熱く語りはじめた。
そこに引っ越す前に長く住んでいた場所の思い出、子どもができた頃の話まで。

お二人とも親の離婚を経験された方だということは知っていたけれど、こういう風に直接話を聞くことはなかった。
自分が経験したいやなことを繰り返したくない。
親が離婚して傷ついたからこそ自分はそんなことはしてはいけないと思った、と。
そして、普段はとてもいい父親でお酒を飲むと暴れて手がつけられなかったけどそんな父親も大好きだったと。

「お金を払えば子どもに会わせてやる」という親もいる。
夫婦の間ではいろんなことがある。
話し合いを何度繰り返しても分かり合えないこともある。
だけど、子どもと親は別人格であるということは決して忘れてはいけない。
どれだけ子どものことを理解できるのか、子どもを一人の人間として尊重しているのか、問い直しながら子育てをしたかった。

ひとしきり話をして帰ってきた。
いい夜だった。

7月24日のイベントが気になっている。
こんなふうにいろんな人と話をしていくしかないのかもしれない。



posted by kネット君 at 14:50| 東京 ☀| Comment(0) | ふみ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月15日

長野に行ってきた

4月に多摩川の橋の下で音楽イベントがあった。
ついつい「おもしろそう」と首をつっこんでしまった。
楽しかった。

DVのことを考えたり書いたりしているうちに、フラッシュバックできつくなってしまっていたので、このイベントはいいガス抜きになった。

13日の日曜日、講座のあと参加者といろいろ話をした。
この問題の当事者は次から次へと増える一方だ。男性も女性も。
私たち当事者が増えるということは、会えなくなった子どもも増えているということになる。

夜遅くに橋の下イベントを企んだ若者たちといっしょに長野に向かって出発した。
高速パーキングで都会からやってきた別のグループと合流した。
長野で夏にイベントを企んでいるらしい。
そのうちの一人の若者のおかあさんが住んでいるゲストハウスに宿泊した。
長野の山の中はさすがに涼しくて気持ちがよかった。
昼前に起きてそのおかあさんと話をした。
若者たちよりも年は近い。(当たり前か)
なぜか共同親権の話になった。
そうしたら、「私は親権とか考えなかった」との答えが返ってきて驚いた。
離婚して相手に親権を渡したけれど子どもの養育のお金は全部私が出すと言ったらしい。
そして子どもは会いたいときにやってきていた、という。
その子どもと私はイベントで知り合っていっしょに遊んでいたりする。

その夜、メールが入った。
かけこみ亭に遊びに来たかたが、実は私たちと同じ当事者だった。という内容。
すぐに電話をして話をした。

私のまわりに離婚経験者や当事者や親が離婚をした子どもが多いのか、それとも世間的に増えているのかわからないが、さすがに連日そんな人に出会うと普通に多いんだと思えてくる。

今朝ずいぶん早起きをして長野を後にした。
朝のドライブもなかなかいいものだ。
隣の若者とずっとしゃべっていた。
私たちの運動についてもいろいろはなした。
若者に教えられることはいっぱいある。

いろんな人と話をするのはおもしろい。
見えなかったことがわかる事がある。
また私の中で新しいことが始まる予感がした。
posted by kネット君 at 18:41| 東京 ☀| Comment(0) | ふみ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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