2010年03月25日

誕生日

子どもと会えなくなってから いろんなことを考えた。
自分の人生に絶望していた。
生きているのがつらかった。
でも、人はそんなに簡単には死ねない。
行き詰ってしまったときに友人に紹介されて会った人から言われた。「自分を愛せない人が他人を愛せるわけがない」「自分を見つめなおしなさい」と。
最初は訳がわからなかった。
とにかくやってみることにした。
自分の一番身近な人との関係を考えていく。
私の中で一番のネックは親との関係であった。
逆らえない父親は怖かった。母親とは距離があった。
ここが嫌い、理由は・・・と紙に書いていく。レポート用紙が埋まっていく。いい思い出、嫌な思い出。どんどん出していく。すべてを出し切ったとき、どこかわからないところから「私は愛されていたんだ」ってストンと落ちてきた。腑に落ちる というやつだ。生まれて初めて「生まれてきてよかった」と感じた。
今まで生きているのがつらかった。浮遊しているような実感のない生だった。
びっくりした。涙があふれてきた。驚いてその人に電話をした。
「よかったわね。それを伝えなさい。」
実家に帰って親にそれを伝えた。今までどんな風に思っていたか。どれだけ苦しんできたか。でもやっとわかったことがあるということ。
それから親との関係が変わった。何でも話せる間柄になれた。後悔することなく父を見送れた。

人は常に叱られていたり、受け入れてもらえなかったりしているとどうやって生きていっていいかわからなくなるのだと思う。自分を受け入れられず、かといって誰かに受け入れてもらいたくて人に愛を求めてしまったりする。誰かといると安心するのだ。でも、一人になると不安で仕方がない。
愛された実感のない人が誰かを愛するのには無理がある。愛がわからない。
親に愛されていたんだとわかったときに、もうひとつわかったことがある。
私は父と母から生まれてきた。産んでくれてありがとう、ということ。父と母が出会って私はこの世に生まれてきた、ということ。
私にとって何があったとしても父は父であり母は母である。
どんなに仲が悪かったとしても、昔の風習を引きずった封建的な両親の関係だったとしても、もしかして今で言うDVだったとしても。
そしてその事実は変わらない。私と父、母が親子であるということは。

私の子どもも私と親子である。でももう12年も会えない。子どもの誕生日には生まれてきてくれてありがとうと心の中でそっとつぶやく。
どんな大人になるのか、どんな友だちがいるのか、どんなに成長しているのか、何もわからないけれど。

こんな悲惨なことがこの国の法律でおこっている。法治国家のはずなんだけど。
法律で会えなくなるのなら、法律を変えるしかない。
そんなことを自分の誕生日に思って3年経った。

posted by kネット君 at 10:45| 東京 ☔| Comment(0) | ふみ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月10日

心配性

この親にしてこの子あり とはよく聞く言葉だ。
私の父は怒りんぼうさんで何かというとよく叱られた。
たまにやさしい時もあるのだが、本当にたまになので思い出すのは怒った顔ばかりである。
私も怒りんぼうさんである。
まあ怒るのもパワーがいるので、弱っている時はなかなか怒れないもので、最近はあまり怒る元気も出なかったりする。
先日出勤途中に追突された時も、相手は一言もあやまらない。
以前の私なら、「おっちゃん なんてことしてくれるねんっ」と怒鳴っていたかもしれないのに その時は「ぶつけたか〜?」と言われて、「すごいでかい音がしたで〜」と答えていた。
私の母は心配性でいつもどうしようどうしたらええんやろ と心配していた。
優柔不断とも言う。
困った顔をして常に悩んでいた。
私も優柔不断である。
みんなといっしょに飲食店に入ったときなどは、注文はいつも最後である。なかなか決められない。
そして、心配性なのである。
気にしなくていいようなことまで気になってくる。

今日の千葉大臣の法務委員会の答弁を深夜に衆議院TVで見た。
じっくり見た。
NHKのニュースもネットで見た。
うーん。
あの答弁はもしかしたら と思ってしまった。
私の中の母の遺伝子がむくむくと起き上がる。
今国会で提出しようとしている夫婦別姓などの民法改正案の中の 「第六 協議上の離婚  一 子の監護に必要な事項の定め」 の1に 「父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及び交流、子の監護に要する費用の分担その他の監護について必要な事項は、その協議でこれを定めるものとする。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならないものとする。」でとりあえずおさめようとしているんじゃないの? って。
あの言い方はそれっぽいよなあ とか。

いかんいかん せっかく共同親権という言葉が国会の法務委員会で出回った記念すべき日なのに。

議員会館に行くようになって、なんというかまっすぐに物を見れなくなっているんじゃないのか?私。
ニュースを聞いたときにはやった〜って喜んでいたはずなのに、なぜか答弁を聞いて悩んでしまっている。
ああ〜っ 眠れなくなってしまった。

で ちょっと考えてしまった。
12年も会ってない私の子どもも 私に似たところがあるんだろうか?
いくら遺伝といってもいっしょにいないから似ようがないよなあ。

ちょっと寂しい。
posted by kネット君 at 03:42| 東京 ☔| Comment(0) | ふみ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月28日

よしよし

昨日は国会請願署名の提出の日。
前日によろしくお願いしますの電話かけをしていて、夜には事務所に行って準備してあった。
当日は、9人の参加者といっしょに議員さんの部屋をまわった。
北海道から900筆以上もの署名を集めてくれた人も参加。
日本で結婚して引き離されたアメリカの人も3人参加。この人たちは、ハーグ条約が批准されても日本の法律が変わらなければどうにもならない。そのことも、会えた議員さんに伝えていく。

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中林美恵子事務所(本人)

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谷岡郁子事務所
(ネットテレビのカメラはいる)

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谷岡郁子事務所(秘書さん)

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石川知裕事務所(秘書さん)

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仁比聡平事務所(秘書さん)

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下村博文事務所(本人)


いろんなことを考えすぎると、動くのが怖くなる。
一人じゃなくてよかったと思った。
思ったことは言葉にして伝えていくのが大切だ。
なかなかそれができないんだけどね。
家に着いて仕事に行って、もうそれでその日はダウン。

そして今日は、午後都内に行く予定だったのでゆっくり寝ようと思っていた。
なのに人生甘くない。(?)
めったにかかってこない友人からの電話で起こされた。
それからまたまた電話。
ドタバタな一日が始まった。
急に事務所に荷物を運ぶことになって、慌てて宗像に電話をかけて準備して車に乗って・・・・・
新宿に着いて駐車場に車を置いて地下鉄に乗って・・・・
1時から始まるセミナーに参加したのだが、着いたらすでに始まっていた。(しまった)
FPICのセミナーだったのだが、最後の分科会で調停員経験者の方たちの貴重な意見を聞くことができたことと、離婚にまつわるいろんな立場の方のお話を聞かせてもらえたことで今後の活動のヒントを得られたのがよかった。
終わってから何人かの人と話をして別れた。
地下鉄に乗ってまた事務所に戻って、荷物を降ろしてから来た時と同じように宗像と帰ってきた。
家に着いて、久々に夜一人でゆっくりしながら自分によしよしした。
よしよし よくがんばったってね。

あれっ なんかおかしいかな?
posted by kネット君 at 00:55| 東京 ☔| Comment(1) | ふみ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月08日

わくわく塾

ここ1ヶ月くらい体調が悪くて、自称引きこもりに入っていた。
と言っても、会議には出ていたし、それなりに出歩いてはいたんだけど。

今日はくにたちの会主催の「わくわく塾」があった。
ずいぶん前から市役所の担当の方と打ち合わせを重ねてきた。
子どもがいて離婚した場合の手当てや税金、年金のことを話してもらった。

養育費のことで控除のことや、受け取る側のことが知りたかった。
私の中で養育費は手当てだという結論になった。
受け取る側が養育費について聞かれるのは、児童手当を受けるための手続きをする時と聞いてそう思った。
以前は、養育費はカンパだという結論だったんだけど。

まあ、寡婦とか寡夫とか難しい単語のこともわかったし。でも私のように離婚して一人で暮らしている人はまったくの独り者というカウントなので何の控除もない。
子どもの親権はないけれど、親族ではある。
養育費を払っていて、相手方が扶養控除をしていない場合には、こちらが扶養控除できるとか。
いろいろ勉強にはなったけど気持ちは暗くなった。

終わってから、初めての参加者を交えて喫茶店で交流会をして、Fに戻った。
夕食会の準備の間に、やっと署名の集計をすることができた。
北海道から1000筆近くも集めて送ってきてくれたり、二人の子どもを別々に引き取らなくてはいけなくなったお母さんが、子どもの通う保育園に呼びかけて保護者の方から集めていただいたというものもあった。(手紙が同封されていて涙なしには読めない内容でした。)
先週の日曜日には、愛知県の方が東京に用事があるのでと集めた署名をわざわざ持って来てくれた。
封書で送っていただいたものもたくさんあった。
送っていただいた署名のひとつひとつにそれぞれの思いがこもっていて、感慨深いものがある。

この思いが法改正につながるようにしていきたい。

今日数えた時点で、2443筆集まった。

第2次集計は3月31日。
みなさんよろしくお願いします。

posted by kネット君 at 14:49| 東京 ☀| Comment(0) | ふみ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

月に願いを

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

東京にでてきてから毎年、大晦日は私のたまり場になっている店で、朝までわいわいやっている。
そこで年越しそばを食べ、新年を祝いあう。
子どもに会えない私の癒しの場でもある。
いろんな人に出会えた場所でもある。
ちなみに、宗像が子どもに会えなくなったという話を聞いたのも、宗像から「ふみさん 陳情あげましょう」 と言われたのも、この場所である。

夕べは、早い時間に都内に出かけていて別のイベントに参加していたため、カウントダウンぎりぎりに戻ってきた。
ライブは最高潮に盛り上がっていって厨房は年越しそばの準備であわただしくなっていた。さっそくその厨房に入って参加する。
新年を迎えて、皆と祝いあい、日ごろ一滴も飲めないお酒も少しだけいただいて乾杯。
賑わいは深夜まで続いた。
4時前に外に出た。
大晦日の満月が少し欠けていた。
部分月食と聞いていたので、それを見るために。
いっしょに出てきた人たちと、口数も少なくただ見ていた。
一時間近くずっと。

月は大好きで、いつもよく見ている。
丸顔だった子どものことを思いながら。
会えなくなってからずっとのことである。

店に戻ると、すでに寝てしまっている人、話こんでいる人とさすがに残っているのは数人になっていた。
ひとしきり話しこんでから、よしっ初詣に行こう となって、その数人で店を出た。
車椅子の友人もいっしょに初詣をすまし、初日の出を見るために近くのビルの屋上に行った。
去年の初日の出をそこで見たという話を、くにたちの会の方から聞いていたので、今年はそこで と決めていた。
屋上に着いてそこでまず感動した。
まだ明けやらぬ空の美しさ。この街がこんな風に見えるのかという驚き。
藍色の空と濃い朱色に明けようとしている東の空、西の方には沈み行く月。
うっすらと富士山も姿を見せている。
あまりの美しさに皆見入っていた。
その場所で見ると言っていたので、後から何人か来て、総勢10人くらいで思い思いの場所で初日の出を待った。
月が沈むのと同時にまぶしい光が朱色のはじっこからさしてきた。

毎年いろんな人たちと初日の出を見ている。
道路の脇、駅の改札、学校の屋上。そしてビルの屋上。
いつも願いは同じ。

今年は本当に格別だった。
あの美しい月、そしてまぶしい太陽。

願いはいつも同じ。
いつも思っている。

みんなが幸せになりますように。



posted by kネット君 at 21:23| 東京 ☀| Comment(4) | ふみ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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