2010年05月02日

伊藤真さんの随筆

伊藤真さんのエッセイ



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2009年11月11日

発言しながら暮らしたい

国立・生活者ネット
「生活者ネットくにたち」No.106(2009年10月20日発行)
コラム・発言しながら暮らしたい

国立から始まった離婚後の親子交流の運動

 2年前に元連れ合いとの離別にともない、子どもとも引き離されてしまった。家裁での調停、審判となり、つい先日、隔月2時間の決定が出た。昨年は家裁でわずか30分の子どもとの面会。会った瞬間子どもはパッと顔を輝かせたが、これでは裁判所が親子の交流を妨害しているようなものだ。当事者間の問題というよりは、制度が親子を引き離す。
 昨年3月、国立市議会は、日本で最初に離婚後の面会交流の法整備を求める意見書を国に上げた。現在13の自治体が同様の意見書を上げている。子どもに会えない親たちが集まり市民運動が始まった。議員会館でも勉強会が繰り返され、マスコミもこの問題に注目し始めた。
 民主党政権が成立し、法務大臣は民法改正に意欲を見せているが、深刻なこの問題は議論された日が浅い。私たちは、離婚しても子どもの成長に両方の親がかかわれるように、共同親権の法制化を求め、原則交流が離婚後の親子関係のルールになることを求めている。
(共同親権運動ネットワーク 宗像 充)




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2009年11月09日

「1日2分の子どもとの交流」

1日2分の子どもとの交流

 

 2ヶ月に1回、2時間の子どもとの面会交流。家裁から送られてきた審判書きにはそうあった。子どもと引き離されて2年裁判所で調停と審判を重ねた結果である。

「会えたからよかったじゃない」

 同じ子どもと引き離された親の中にはそういう人もいる。離婚後、家裁に面会交流の調停を申し立てても、家裁が申し立てを認めることはまれだった。ここ1、2年の時流の変化で、家裁は案件の半分は面会交流を認めるようになったけれど、よくて月に1度2時間程度会えるのはさらにその半分である。ちなみに隔月2時間というと365日分の12時間、一日換算にすると2分にも満たない。親は行商のおじさんじゃないよ。

 子どもたちはすでに彼女の再婚相手の養子に入れられている。彼女が死んでも親権はぼくには来ない。裁判所は「家庭の安定」を「子どもの福祉」として面会交流を制約するけれど、1年前、1度だけ子どもと裁判所で会ったとき、下の子はパッと顔を輝かせていた。どっちが「子どもの福祉」だろうか。

 ある弁護士は、共同監護が珍しくない海外の状況と引き比べ、こういうのを「最小面会」と読んでいる。ぼくは、「犬にエサをやるような面会」として「エサやり面会」と呼んでいる。

 高裁に抗告した。子どもと会うための道のりはもうちょっと遠そう。(宗像充)

(反天皇制運動連絡会機関紙「あにまる」35号2009年11月3日に寄稿)

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