2011年07月27日

子どもの顔写真公表はなぜまずい?

裁判所宛に要望書

たまった宿題を出すように、やんなきゃなあと勝手に課題にしていた
最高裁宛の要望書を仕上げて、昨日郵送した。
ちょっとは裁判所の運用が変わっていくことを期待するよ。

昨日は予定だったつきそいがキャンセルになったので、
一日時間ができ、その間にいろいろ対応しないといけない事務仕事が発生し、
頼まれていた電話かけやらをいろいろした。

仕事、議員会館、相談

午前中、来週の取材の事前取材で都心に行った。
そのままアポをとっていた議員の秘書さんに会いに行った。
それから東京駅に行って、相談を受けた。
なんだかちょこちょこと行事が入るのだけれど、
空いた時間で居眠りしたりする。

子どもの顔写真公表はなぜまずい?


遅ればせながら2週間前の朝日新聞の社説を読んだ。
問題が、国際問題で、国内問題になっていないというのが
まだまだ問題。

中に、アメリカであるように
連れ去られた子どもが指名手配され顔写真が公表されているのは
日本では受け入れられないだろうと書いてあった。

さて、なぜ受け入れられないのだろうか。
その理由は書いていない。

通常、自分の子どもを連れ去って行方不明で会えなくなれば、
親は誘拐として警察に届ける。
行方がわからなければ子どもの顔写真だって公開する。
それと同じことをアメリカではしているだけだ。
相手が親だからそれをしないということだろうか。
そうなると親であれば子どもの誘拐は免責されるということにもなる。
子どものことを考えて、と社説は言うのだけれど、
実際に考えているのは相手のこと。
子どものこと考えている親なら普通、
誘拐での告発にためらうことはないはずだ。

受け入れるか否かは、子どものことを考えるかどうかというのは
朝日新聞と意見は変わらない。
posted by kネット君 at 21:44| 東京 ☁| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月24日

九州の旅

帰省

木曜日の夜から1年ぶりに実家のある大分に戻った
大分空港に降り立つと、兄が迎えに来てくれていた。
実家に帰ると、兄が釣ってきたウナギがテーブルに並んだ。

翌日は、大分にいるのに、雑誌の編集の仕事の追われた。
それでも、食べ物だけは自分で用意しなくても出てくるのがすごい、
とか学生みたいな感想を言う。

帰って変化と言えば、
家の前の畑が潰れて家が建っていた。
都市化しているのかといえば、
イノシシが跳梁していて、車にぶつかったとか
変な話題がはやっている。

別府で陳情


土曜日は福岡に呼ばれていたのだけれど、
その前に、別府の当事者のTさんに会って、
そのまま別府市議会の議員さんと3人でご飯を食べた。
いろいろ話していると、議員さんも自分の小さい頃の
両親の関係とかにも思いを寄せたようで、
身の上話的に引き寄せて興味をいただいてくれたようだ。
別府の市長はわりと先進的な答弁をしてくれている。

弁護士からの相談


別府から福岡にTさんの車で移動する。
携帯が鳴って知り合いの弁護士から問い合わせだった。
ぼくが当事者の一人を紹介したのだけれど、
一審で負けて親権を失っていたのが、
二審で勝ったので、それからどうしようかという相談だった。
相手の居所がわからないから、そこをどうかするしかないという
ことなのだけれど、こういう場合は人身保護の対象かなと思いもする。

福岡へ

福岡への高速は見晴らしがいい。
福岡に移動すると、Kさんたちが出迎えてくれた。
みんなはじめてなのだけれど、あいさつをしてKさんの自宅で
いろいろと自己紹介やらをはじめたら、だんだん別の人も
集まってきて、最終的には6人になった。
初対面の人が多いのだけれど、それまで悩みを共有できる人が
周りに少なかったからか、みんな長っ尻になって、
最終的に解散したのは午前2時を回っていた。
福岡の人たちは、ミクシィをする人があまり多くなくて、
ぼくもしないので、とても気があう。

福岡交流会


実は、交流会は翌日の今日に設定していた。
だれも来ないかなあとか思っていたら、
熊本の当事者の方が見えて、
昨日集まった人もやってきて、
最終的に5人で交流会ができたので、まずまずだろうか。
熊本から来た当事者のお話をもっぱら聞いたのだけれど、
ちょっとは励ますこともできたかなあと思いはする。
こういう形の交流会って、最近は参加が少なかったので新鮮だった。

福岡では4月末に番組放映もされていて
今日も撮影があった。
ばたばたとKさんのブレーキの壊れた車で
福岡空港まで送っていただいて、九州の旅は終わった。

九州のみなさん、ありがとうございました。
posted by kネット君 at 23:01| 東京 ☀| Comment(1) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

13年

 長い間投稿できなかった。
 実は3月8日、岐阜家裁で子どもに会うことができた。調査官調査の一環ということだった。実に13年ぶりだった。当時4歳だった子どもは18歳の青年になっていた。
 もうすでに知らない若者だった。
 でも面影が残っていて最初はうれしいばかりでにやけてしまった。
 泣くに泣けない、うぷぷぷってな感じでまあ泣き笑いをしていたのだ。
 子どものほうは冷静に「お金は持ってきましたか?」なんて言ってる。
 一息ついてからは質疑応答が始まった。仕方がない、感動の再会なんて最初の言葉でぶっ飛んでしまっている。
 「どうしてお金が必要なの?」答えについてまた質問を繰り返した。
 おぼろげに子どもの輪郭が見えるくらいだったけれど、きちんとこちらの質問には答えてくれた。
 最後のほうで「連れ去りはいかんよ」と言われたときに、「えっ?覚えてないの?あのとき私はあなたに聞いたのよ。あなたが一緒に行きたいと言ったから二人で家を出たのよ。行きたくないと言ったら、行かなかったよ。」と言ったときの驚いた顔。
 覚えていないよなあ。長い時間をかけて彼の中で母親の思い出はきっと違うものになっているだろうし、まわりからはあまりいい話は聞かないだろうし、あのころの私の精神状態も最悪だったしな。
 で 少し経って子どもが「今までのことは水に流してやる。」
 時間は30分といわれていたのだけれど、調査官のかたが15分延ばしてくれたので、来る途中で用意したプレゼントを渡すこともできた。連絡先も渡せた。もし何か困ったことがあったら連絡して、私はいつでもあなたを助ける。そんな風なことを言った気がする。ごめんね貧乏だからお金の助けはできないけど、というのも。

 ひとりになってゆっくり泣いた。
 泣いていると隣の部屋が騒がしい。耳をすますと聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえた。そのうち、どたんっ ばたんっ がたっ と暴れるような音も聞こえる。家裁の内線の受話器を持つがどこにかけていいかわからない。身体の震えが止まらない。
 しばらくすると「帰るぞ」と言う声とともに静かになった。
 
 私の知らない13年の間にどんな生活があったのかわからない。父親とばあちゃんと三人の暮らし。きっとその生活の中で母親の存在は忌み嫌われてきたのだろう。
 「母親のいい思い出はひとつもない」と断言されたし。
 それでも今回少しでも何か残っているといいのだが。
 
 その感動の3日後に地震。原発事故。
 私の中で確実に世界が変わってしまった。4ヶ月とちょっと過ぎてしまっても。
 ただ、希望だけはなくさないで生きて行こうと思っている。
 
posted by kネット君 at 10:35| 東京 ☔| Comment(1) | ふみ日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月16日

明日は学習会

すっかり書くのをさぼっていた。

明日は
定例会で名古屋から榊原さんを呼んで
学習会をする。

学校でのアクセスというのが
今一番話題になっているところだろうから
その辺をとっかかりにしようかなって思うよ。

仕事をしていた
最新号の「岳人」の表紙にぼく出てるよ。
posted by kネット君 at 23:54| 東京 ☀| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月08日

新潟の判決

新潟で連れ帰り事件についての判決が出た。
それにしても、刑事事件に発展した場合、
どうして「連れ去り」になるのか、いつも不思議だ。

親権のない親で外国人、
しかも先進国出身者でないということになると
あからさまに差別的な判断になる。

判決は言う。

藤井俊郎裁判長は「娘に会いたいという
自己の欲求を優先させた動機は身勝手」
などとして、懲役2年、執行猶予4年(求刑・懲役2年)の有罪判決を言い渡した。

娘に会いたいという自己の欲求を優先させたとか、
いったい、この人は入院でもしていたのだろうか、
それとも刑務所に入っていたのだろうか。
子どもに会うのが身勝手なら、
世の中の親はだいたいが身勝手だ。
(身勝手が悪いと言っているわけでもない)
普通に子どもに会える環境なら、
いったい事件になっていたのだろうか。

記事は続く。

量刑については、「父親の娘に対する愛情の発露として理解できる。
親権を手放し、勤務先を解雇された上、既に8か月近く身柄拘束されているなど、
相応の社会的制裁を受けた」などと執行猶予の理由を説明した。
 (2011年7月6日 読売新聞)

ちなみに日本で留置場に入れられた場合、
外国人で言葉が不自由な場合には、
書面のやりとりにおいても、
自費で通訳を雇わなければならず
圧倒的に不利だ。

海外で離婚ケースになった
日本人妻たちが、孤立の中で日本に子どもを
連れ帰りたくなる気持ちはわかんないでもない。
ぼくも、中国籍の女性の別居親の支援をしたことがあるが、
ほんとに圧倒的に不利で孤立無援だ。
子どもが手元にいたら、出身国に行きたくなる気持ちはよくわかる。
ただし、別居親が子どもと暮らすのが目的ならば、出身国に帰っても
何の意味もない。

海外であれ、国内であれ
同情を集めるのは、子どもが手元にいるかどうかということに
なりがちなのだ。
差別判決には違いない。
posted by kネット君 at 22:05| 東京 ☀| Comment(0) | むーみん谷 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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